○元内閣総理大臣に対する銃撃事件を踏まえた警護の強化について(通達)

令和4年9月8日

達(備)第397号

[原議保存期間 10年(令和15年3月31日まで)]

[有効期間 令和10年3月31日まで]

令和4年7月8日午前11時31分頃、奈良市内において、安倍晋三元内閣総理大臣が街頭演説中に銃撃を受け、後刻死亡するに至った。

警察庁において、このような重大な事案が二度と起きることのないよう、警護の問題点を洗い出し、具体的な対策を講じるため、国家公安委員会の指示の下、安倍晋三元内閣総理大臣の警護に関する検証を行うとともに、警護の見直しを行い、「令和4年7月8日に奈良市内において実施された安倍晋三元内閣総理大臣に係る警護についての検証及び警護の見直しに関する報告書」(以下「報告書」という。)が取りまとめられた。

今回の検証により、警護計画やその前提となる危険度評価に不備があること、現場指揮官の指揮が十分でなかったこと等が明らかとなり、専ら都道府県警察の責任で警護を実施する現在の仕組みに限界が生じていることから、警察庁において、警護の各段階における警察庁の関与を強化するため、警護要則(平成6年国家公安委員会規則第18号)を全面的に見直し、警察庁における情報の収集及び分析並びにその結果の都道府県警察への通報、警察庁による警護計画の基準の策定、都道府県警察から警察庁に対する警護計画案及び警護の実施に関する報告、警察庁による体系的な教養訓練の計画の作成等の仕組みを新たに導入することとなった。また、現場指揮官の明確化等による現場における警護の強化、都道府県警察及び警察庁による警護対象者等との連携の強化等を図ることとし、これらを実効あらしめるため、警察庁等の警護に係る体制を大幅に強化することとなった。

本県においては、東日本大震災以降、内閣総理大臣をはじめとした要人の警護を間断なく実施しており、今後も多数の警護対象者の来県が予想される。さらに、我が国においては、故安倍晋三国葬儀、G7広島サミット等の大規模警備に向けた各部横断的な対策の強化が求められることから、各位にあっては、警護に関し警察が置かれている極めて厳しい現状を認識し、報告書の内容を踏まえ、大規模警護はもとより、日々行っている警護も含め、全ての警護の強化に向けた対策を推進されたい。

なお、参考として報告書を添付する。

令和4年7月8日に奈良市内において実施された安倍晋三元内閣総理大臣に係る警護についての検証及び警護の見直しに関する報告書

令和4年8月

警察庁

本報告書について

令和4年7月8日午前11時31分頃、奈良市西大寺東町二丁目1番63号先東側路上において、警察庁長官が警護対象者として指定し、奈良県警察がその警護を実施していた安倍晋三元内閣総理大臣が街頭演説中、背後から徒歩で接近してきた男による銃撃を受け、殺害されるという重大事案が発生した。

警察庁においては、警察が組織として実施していた同警護において、最も重要な警護対象者の生命を守ることができなかったことを極めて重く受け止め、奈良県警察による被疑者に対する刑事事件の捜査とは別に、同警護について徹底した調査を行う必要があると判断し、直ちに、奈良県警察本部の職員からの聞き取りを開始した。同12日には、国家公安委員会から指示を受け、警察庁次長を長として、同警護の問題点を明らかにするとともに、今後講じるべき具体的な対策を検討することを目的とする「検証・見直しチーム」を立ち上げた。

検証においては、奈良県警察から提出を受けた関係資料の確認・精査を行うとともに、同警護の責任者であった同警察本部長をはじめ、現場において同警護に従事していた警護員等からの聞き取り、現場の状況の確認等を行い、同警護の準備から警護計画の作成(起案・決裁)を経て、その実施に至るまでの事実関係を明らかにした。次に、その事実関係に基づき、同警護の問題点、すなわち、同警護がその目的を果たすことができなかった要因を中心に分析・評価を行った。加えて、今後の警護の見直しの課題となるべき事項についても洗い出しを行った。

見直しにおいては、検証の結果を踏まえて、警護における警察庁の関与の強化をはじめとする新たに警護要則に盛り込むべき事項のほか、警護を担う組織・態勢の強化等、警護において同様の事態を二度と生じさせないようにするための具体的な対策について検討・整理を行った。

警察庁は、これらの検証・見直しを行うに当たっては、その過程で11回(臨時会5回を含む。)にわたって、国家公安委員会に経過を報告し、同委員会における議論を踏まえつつ、作業を進めた。

本報告書は、この検証・見直しの結果を取りまとめたものである。

令和4年8月25日

警察庁

目次

[第1 検証で確認された事実]

1 検証の方法等

2 警護の概要

3 6月25日警護

(1) 自由民主党奈良県支部連合会の関係者との間の事務連絡等の状況

ア 街頭演説場所に関する連絡調整

イ 署警護員の配置場所に関する検討

(2) 警護計画の作成(起案・決裁)

ア 奈良西警察署における警護警備実施計画書の作成・決裁

イ 奈良県警察本部における警護計画の作成(起案・決裁)

(3) 警護の実施

ア 署警護員に対する部隊運用に関する指示

イ 現場の最終確認

ウ 6月25日警護の実施

4 6月28日警護

(1) 警護対象者としての指定

(2) 自民党奈良県連の関係者との間の事務連絡等の状況

(3) 警護計画の作成(起案・決裁)

ア 奈良西警察署における警護警備実施計画書の作成・決裁

イ 奈良県警察本部における警護計画の作成(起案・決裁)

(4) 警護の実施

ア 署警護員に対する部隊運用に関する指示

イ 現場の最終確認

ウ 6月28日警護の実施

5 本件警護(7月8日)

(1) 事案発生までの経緯

(2) 警護計画の作成(起案・決裁)

ア 奈良西警察署における警護警備実施計画書の作成・決裁

イ 奈良県警察本部における警護計画の作成(起案・決裁)

(ア) 警護計画の作成開始時期

(イ) 身辺警護員A、B及びCの配置場所

(ウ) 本件警護警備実施計画書と本件警護警備計画書の間の配置上の差異

(エ) 配置人員の検討

(オ) 決裁

ウ 広域警護連絡

(3) 安倍元総理の到着前の状況(現場配置前の指示等)

ア 警察署における指示

イ 連絡調整

ウ 現場における指示

エ 警護連絡室の設置等

オ 被疑者の到着

カ 街頭演説会の開始

(4) 安倍元総理の到着後の状況

(5) 被疑者のバス停付近の歩道南進開始後の状況

(6) 1発目の発砲から2発目の発砲に至るまでの状況

(7) 2発目の発砲から被疑者の逮捕に至るまでの状況

[第2 確認された事実への分析・評価]

1 分析・評価の進め方

2 現場における警護の問題

(1) 現場において本件結果を阻止することができなかった要因

ア 2発目の発砲から安倍元総理の被弾まで

イ 1発目の発砲から2発目の発砲まで

(ア) 身辺警護員等による防護措置

(イ) 更なる攻撃の阻止・対処のための措置

ウ 被疑者のバス・タクシーロータリー進入から1発目の発砲まで

エ 被疑者のバス・タクシーロータリー進入前まで

(2) 現場における警護員の動作についての評価

ア 身辺警護員Cについて

イ 身辺警護員Aについて

ウ 本部警備課長について

エ 警視庁警護員Xについて

オ 身辺警護員Bについて

カ その他の身辺警護員及び署警護員について

【小括】

3 警護計画上の問題

(1) 適切な警護計画により本件結果を阻止することができた可能性

(2) 警護計画の内容及び起案・決裁の過程についての評価

ア 想定される危険に対する評価

イ 警護員の配置

ウ 制服警察官の配置

エ 現場指揮官の位置付け

【小括】

[第3 警護に係る制度及び態勢の問題等]

1 警察庁の関与

(1) 警護の基本の徹底と能力の向上についての関与

(2) 警護の高度化と警護計画作成への関与

ア 警護上想定される危険の考慮

イ 警護計画作成への関与

ウ 情報の収集・分析

2 警護体制等の充実

(1) 現場における警護の強化

(2) 特定の職員の能力のみに依存しない警護態勢の構築

(3) 装備資機材の活用

3 警護に関する理解と協力の確保

[第4 警護の見直しのための具体的措置]

1 警護要則の抜本的見直し

(1) 警察庁の関与の強化

ア 情報の収集及び分析等

イ 警護計画の基準

ウ 警護計画案の報告等

エ 警護の実施に関する報告等

オ 教養訓練

カ 装備資機材

(2) 警護対象者等との連携の強化

2 体制等の強化

(1) 警察庁

(2) 都道府県警察

3 警護の強化に向けた更なる取組

(1) インターネット上の違法・有害情報対策及び爆発物原料対策

(2) 外国の警護当局への調査

[第5 今後に向けて]

1 警護の不断の見直し

2 警護対象者等との更なる連携

3 警護についての国民の理解と協力を得るための努力

4 警護についての国家公安委員会への報告

【凡例】

【記載上の制約】

別表(本件警護の現場において生じた主な事象の時系列)

別添図1 被疑者がロータリー沿い歩道上を南方向に移動開始(午前11時30分0秒)

2 県道を東進する自転車男性がゼブラゾーン上に到達(午前11時30分43秒)

3 県道を東進する自転車男性がゼブラゾーン上で一時停車(午前11時30分51秒)

4 被疑者がロータリー内に進入(午前11時30分56秒)

5 被疑者が県道を横断開始(午前11時31分2秒)

6 被疑者が右手で銃器様の物を取り出し(午前11時31分3秒)

7 被疑者が1発目を発砲(午前11時31分6秒)

8 1発目の発砲後、被疑者が県道を更に北進(午前11時31分7秒)

9 被疑者が2発目を発砲(午前11時31分8秒)

第1 検証で確認された事実

1 検証の方法等

警察庁は、検証に当たり、奈良県警察から関係資料の提出を受け、その内容の確認・精査を行うとともに、現地に職員を派遣した上で、奈良県警察本部長(以下「警察本部長」という。)、警備部長、奈良西警察署長その他の幹部職員、発生現場付近で警護に従事していた警察官をはじめとする関係者から聞き取りを実施した。あわせて、現地においても、関係資料の閲覧・分析を行うとともに、発生現場付近で警護に従事していた警察官による現場状況の再現等を実施した。

令和4年7月8日の大和西大寺駅北口における安倍晋三元内閣総理大臣(以下「安倍元総理」という。)の街頭演説に係る警護(以下「本件警護」という。)に先立ち、6月25日、同一場所において、茂木敏充自由民主党幹事長(以下「6月25日警護対象者」という。)による街頭演説に係る警護(以下「6月25日警護」という。)が実施され、本件警護の10日前の6月28日には、同駅南口において安倍元総理の街頭演説に係る警護(以下「6月28日警護」という。)が実施されていることから、6月25日警護及び6月28日警護についても、事実関係の確認を行った。

2 警護の概要

内閣総理大臣、国賓その他その身辺に危害が及ぶことが国の公安に係ることとなるおそれがある者については、警護要則(平成6年国家公安委員会規則第18号)第2条の規定に基づき、警護対象者として指定され、また、警護は、警護要則第3条第1項の規定により、警護対象者の身辺の安全を確保することがその本旨とされている。

警護対象者が選挙運動のための街頭演説を予定する場合、街頭演説の主催者その他の関係者から、当該街頭演説場所を管轄する都道府県警察に対して、街頭演説を行う日時、場所等について連絡がなされることから、当該都道府県警察は、関係者と連絡調整を行い、警護要則第6条第1項の規定に基づき、警護の基本方針、警護体制、警護措置、警護員(警護に従事する警察官をいう。以下同じ。)の任務及び配置等を内容とする警護計画を作成することとなる。

奈良県警察においては、街頭演説に係る警護の実施に先立ち、奈良県警察本部警備部警備課(以下「本部警備課」という。)から当該街頭演説場所を管轄する警察署(以下「管轄警察署」という。)に対して、聴衆の動向を警戒することを任務とする警察署員及び警護の現場一帯を広く巡回して不審者の発見、警戒等に従事する警察署員(以下「署警護員」という。)の配置人数及び具体的配置場所を盛り込んだ「警護警備実施計画書」の作成を求めている。

管轄警察署は、警察署長による決裁を受けた上で、本部警備課に対して同計画書を送付し、これを受け、本部警備課は、管轄警察署が作成する同計画書の内容を踏まえつつ、従事する身辺警護員(警視庁警護員と共に警護対象者の身辺の警戒に当たる本部警備課に所属する警察官をいう。以下同じ。)の氏名、奈良県内の警護日程・警護体制の全容等を盛り込んだ「警護警備計画書」を作成し、警察本部長の決裁を受けることとなる。警護の実施に当たって、警察本部長が作成する計画は、警護要則に規定する「警護計画」であるが、警護と警備が一体的に実施される場合もあることから、実務上、警護のみを実施する場合においても、「警護警備計画書」と題する書面が作成されている。

奈良県警察においては、通常、街頭演説に係る警護の指揮に資するよう、本部警備課に「警護連絡室」を、管轄警察署に「警察署警護警備連絡室」を設置している。

また、奈良県警察は、通常、街頭演説に係る警護の現場において、身辺警護員のほか、配置場所を固定されて街頭演説場所周辺の聴衆の動向を警戒することを任務とする警護員、警護の現場一帯を広く巡回して不審者の発見等に従事する警護員等を配置した上で、現場において最上位の階級にある者を現場指揮官として位置付け、同現場の総括指揮に当たらせている。

警護対象者には、原則として、警視庁警護員が専属配置されており、警護対象者に随伴して、その身辺を常時警戒することとされている。6月25日警護対象者及び安倍元総理は、それぞれ警護対象者として指定されており、それぞれが都外で選挙運動のために街頭演説をする場合には、警視庁警護員が随伴し、奈良県警察をはじめ、当該街頭演説場所を管轄する道府県警察の警護員と連携して警護に当たっていた。

3 6月25日警護

(1) 自由民主党奈良県支部連合会の関係者との間の事務連絡等の状況

ア 街頭演説場所に関する連絡調整

令和4年6月22日、第26回参議院議員通常選挙(以下「令和4年参院選」という。)が公示され、7月10日が選挙期日とされた。

公示日に先立つ6月20日、自由民主党奈良県支部連合会(以下「自民党奈良県連」という。)の関係者から本部警備課に対して、6月25日警護対象者が来訪し、大和西大寺駅北口において街頭演説を行う旨の連絡があり、同月21日、自民党奈良県連の関係者並びに奈良西警察署警備課及び本部警備課の担当者(身辺警護員Aら)は、大和西大寺駅北口において、街頭演説の実施場所、実施方法等に関する連絡調整を行った。

その結果、6月25日警護対象者は、7月8日に安倍元総理が銃撃されることとなった奈良県道104号線谷田奈良線(以下「県道」という。)の導流帯(以下「ゼブラゾーン」という。)上のガードレールで囲まれた区画(以下「本件遊説場所」という。)で街頭演説を行うこととなった(本件遊説場所の周辺図及び拡大図については、それぞれ図1及び図2参照)

なお、大和西大寺駅北口では過去の国政選挙時にも街頭演説が行われていたが、道路改良工事が頻繁に行われていたこともあり、警護対象者の街頭演説が本件遊説場所で行われることとなったのは、この時が初めてであった。

自民党奈良県連の関係者との連絡調整において、本件遊説場所で街頭演説をすることに伴って警護上想定される危険については、聴衆の飛び出し、街頭演説終了後に車両まで徒歩で移動する6月25日警護対象者に対する違法行為等が念頭に置かれるにとどまり、本件遊説場所の南方向への警戒の必要性について具体的に考慮されることはなかった。また、街頭演説場所の変更を提案することについて検討されることはなかった。

イ 署警護員の配置場所に関する検討

6月21日の連絡調整時、あわせて、奈良西警察署及び本部警備課の担当者(身辺警護員Aら)は、大和西大寺駅北口において、警護上想定される危険を踏まえ、本件遊説場所周辺における署警護員の配置場所を検討した。

(2) 警護計画の作成(起案・決裁)

ア 奈良西警察署における警護警備実施計画書の作成・決裁

本部警備課の担当者(身辺警護員A)との打合せを踏まえ、6月23日、奈良西警察署は、6月25日警護に関して、署警護員の配置人数及び具体的配置場所のほか、同警察署に同警察署長を長とする「奈良西警察署警護警備連絡室」を設置すること等を盛り込んだ「警護警備実施計画書」の案を作成した。

6月23日、奈良西警察署警備課長、副署長及び警察署長は、同計画書を決裁の上、同警察署長は、同日、奈良県警察本部警備部長に対して、これを送付した。

「警護警備実施計画書」の作成及び決裁過程において、本件遊説場所で街頭演説をすることに伴って警護上想定される危険については、街頭演説終了後に車両まで徒歩で移動する6月25日警護対象者に対する違法行為等が念頭に置かれるにとどまり、本件遊説場所の南方向への警戒の必要性について具体的に考慮されることはなかった。

イ 奈良県警察本部における警護計画の作成(起案・決裁)

本部警備課は、奈良西警察署から提出された「警護警備実施計画書」の内容を踏まえ、本部警備課に警備課長を長とする「警護連絡室」を設置し、身辺警護員A、B及びCの3名のほか、従事する身辺警護員の氏名等を盛り込んだ「警護警備計画書」の案を作成した。

6月24日までに、本部警備課課長補佐(身辺警護員B)、本部警備課次席、本部警備課長、警備部警衛警護・危機管理対策参事官、警備部長及び警察本部長は、同計画書を決裁した。

警護計画の作成(起案・決裁)の過程において、本件遊説場所で街頭演説をすることに伴って警護上想定される危険については、聴衆の飛び出し、街頭演説終了後に車両まで徒歩で移動する6月25日警護対象者に対する違法行為等が念頭に置かれるにとどまり、本件遊説場所の南方向への警戒の必要性について具体的に考慮されることはなかった。

(3) 警護の実施

ア 署警護員に対する部隊運用に関する指示

6月25日警護の現場配置に先立ち、奈良西警察署警備課長は、6月25日、同警察署内において、署警護員に対して、無線機に不調がないかを点検すること、聴衆の中に不審者がいないか、あるいは周辺に不審物が放置されていないかなどを確認すること、広く聴衆の動向を警戒すべきこと、大声を出す者への対処要領等を指示するとともに、「警護警備実施計画書」を示しつつ具体的配置場所を指示した。

イ 現場の最終確認

署警護員及び本部警備課の担当者(身辺警護員A)は、6月25日午後2時頃から、6月25日警護の現場において、自民党奈良県連の関係者と車両の停車・降車位置等について最終確認を実施した。

自民党奈良県連の関係者との最終確認において、本件遊説場所の南方向への警戒の必要性について具体的に考慮されることはなかった。

ウ 6月25日警護の実施

6月25日警護対象者は、6月25日午後4時13分頃、大和西大寺駅北口に車両で到着し、自民党奈良県連の関係者が本件遊説場所に設置した演台上で街頭演説を開始した。

6月25日警護対象者の大和西大寺駅北口到着後、身辺警護員A、B及びCの3名は、警視庁警護員Z及び署警護員と共に、警護に従事した。この時、身辺警護員Cは、本件遊説場所の南方向を主として警戒するため、本件遊説場所南側の県道のゼブラゾーン上(ガードレールの外側)で警戒に当たった。

6月25日警護対象者は、本件遊説場所での街頭演説終了後、同日午後4時33分頃、現地を車両で出発した。6月25日警護対象者の街頭演説には、約50人の聴衆が集まったが、当該街頭演説に関して、違法行為や混乱は発生しなかった。

街頭演説に関して違法行為や混乱が発生しなかったことから、6月25日警護の実施後、奈良県警察本部及び奈良西警察署において、警護に関する事後の組織的検討や評価を特別に行うことはなかった。

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【図1:本件遊説場所周辺図】

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【図2:本件遊説場所拡大図】

4 6月28日警護

(1) 警護対象者としての指定

警察庁は、警護要則の規定に基づき、令和2年9月16日、安倍元総理を警護対象者として指定した。同日、警察庁は、都道府県警察に対して、安倍元総理に関連する警護情報等の収集・分析に努めるとともに、的確な警護方針を決定し、必要な警護体制を確立するよう通達を発出した。

(2) 自民党奈良県連の関係者との間の事務連絡等の状況

令和4年6月23日、自民党奈良県連の関係者から本部警備課に対して、安倍元総理が、同月28日に生駒駅北口及び大和西大寺駅南口において街頭演説を行う旨の連絡があり、同月24日、自民党奈良県連の関係者並びに奈良西警察署及び本部警備課の担当者(身辺警護員Aら)が大和西大寺駅南口において、街頭演説の実施場所、実施方法等に関する連絡調整を行った。

その結果、令和4年参院選の候補者が選挙運動のために使用する自動車(以下「選挙カー」という。)を駐車させた上で、当該選挙カーを背にして、安倍元総理が街頭演説を行うこととなった。当該選挙カーを演説場所の後方に駐車させる措置は、自民党奈良県連の関係者からその旨の連絡を受けたことによるものであった。

(3) 警護計画の作成(起案・決裁)

ア 奈良西警察署における警護警備実施計画書の作成・決裁

6月27日、奈良西警察署は、6月28日警護に関して、署警護員の配置人数及び具体的配置場所のほか、同警察署に同警察署長を長とする「奈良西警察署警護警備連絡室」を設置すること等を盛り込んだ「警護警備実施計画書」の案を作成した。

6月27日、奈良西警察署警備課長、副署長及び警察署長は、同計画書を決裁の上、同警察署長は、同日、奈良県警察本部警備部長に対して、これを送付した。

イ 奈良県警察本部における警護計画の作成(起案・決裁)

本部警備課は、奈良西警察署から提出された「警護警備実施計画書」の内容を踏まえ、本部警備課に警備部警衛警護・危機管理対策参事官を長とする「警護連絡室」を設置し、身辺警護員A、B及びDの3名のほか、従事する身辺警護員の氏名等を盛り込んだ「警護警備計画書」の案を作成した。

6月27日、本部警備課課長補佐(身辺警護員B)、本部警備課次席、本部警備課長、警備部警衛警護・危機管理対策参事官、警備部長及び警察本部長は、同計画書を決裁した。

6月25日警護時には、本部警備課長が警護連絡室長に充てられていたが、6月28日警護については、多くの聴衆が集まることが予想され、本部警備課長が警護の現場に赴くことから、警備部警衛警護・危機管理対策参事官が警護連絡室長に充てられることとなった。

警護計画の作成(起案・決裁)の過程において、奈良県警察本部は、警護対象者が元内閣総理大臣であることから聴衆が多数に及ぶことは考慮したものの、多数の聴衆が集まることに伴って生じる危険以外の警護上想定される危険について具体的に考慮されることはなかった。

(4) 警護の実施

ア 署警護員に対する部隊運用に関する指示

6月28日警護の現場配置に先立ち、奈良西警察署警備課長は、6月28日、同警察署内において、署警護員に対して、6月25日警護に係る指示と同一の内容を指示するとともに、「警護警備実施計画書」を示しつつ具体的配置場所を指示した。

イ 現場の最終確認

署警護員及び本部警備課の担当者(身辺警護員D)は、6月28日午後5時半頃から、6月28日警護の現場において、自民党奈良県連の関係者との間で、安倍元総理の車両の停車・降車位置等について最終確認を実施した。

ウ 6月28日警護の実施

安倍元総理は、6月28日午後6時45分頃、大和西大寺駅南口に車両で到着し、選挙カーを背にして街頭演説を実施した。

安倍元総理の到着後、身辺警護員A、B及びDの3名は、警視庁警護員Y及び署警護員と共に、警護に従事した。

本部警備課長は、「警護警備計画書」上、警護員として計上されていなかったが、6月28日警護の現場に自ら赴き、同現場の指揮に当たった。

安倍元総理は、同日午後7時21分頃に街頭演説を終え、帰路に向かって大和西大寺駅に徒歩で移動する際、本部警備課の想定以上に時間をかけて広範囲の聴衆と接しながら支援を呼び掛けた。安倍元総理の街頭演説には、本部警備課の想定を上回る約600人の聴衆が集合したが、当該街頭演説に関して、違法行為や混乱は発生しなかった。

6月28日警護の実施後、奈良県警察本部及び奈良西警察署において、警護に関する事後の組織的検討や評価は行われなかったが、安倍元総理の街頭演説の聴衆規模、演説終了後における聴衆との接近状況等を踏まえ、以後の警護に当たって、多数の聴衆が集まったときの警戒のほか、街頭演説終了後に徒歩で移動する警護対象者に対する違法行為等への対処を強化する必要があると認識された。

5 本件警護(7月8日)

(1) 事案発生までの経緯

令和4年参院選の公示後、7月7日までの間、東京都内のほか、19道府県で安倍元総理の警護が実施されていた。

7月7日午後0時50分頃、自民党奈良県連の関係者から本部警備課に対し、安倍元総理が翌8日に奈良県内で街頭演説を行う旨、また、同月7日午後4時半頃には、大和西大寺駅北口で行う旨の連絡があり、同日中、安倍元総理の来県予定について警察本部長及び奈良西警察署長への報告が行われた。

また、7月7日午後7時頃、自民党奈良県連の関係者から本部警備課に対し、安倍元総理の街頭演説の実施場所について、6月25日と同一の本件遊説場所を予定している旨の連絡があった。

本部警備課の担当者(身辺警護員A)と自民党奈良県連の関係者との連絡では、安倍元総理の車両の乗降位置に関する調整等が行われたものの、本件遊説場所で街頭演説をすることに伴って警護上想定される危険については、6月25日警護と同様に、具体的に考慮されることはなかった。

本件遊説場所で安倍元総理が街頭演説を実施する予定である旨の自民党奈良県連の関係者からの連絡が実施前日午後7時頃であり、街頭演説場所が6月25日と同一であることから、自民党奈良県連の関係者並びに奈良西警察署及び本部警備課の担当者の間では、本件警護実施の前日、現地における事前の連絡調整は行われなかった。

(2) 警護計画の作成(起案・決裁)

ア 奈良西警察署における警護警備実施計画書の作成・決裁

奈良西警察署は、7月7日午後7時頃から、本件警護に関して、署警護員の配置人数及び具体的配置場所のほか、同警察署に同警察署長を長とする「奈良西警察署警護警備連絡室」を設置すること等を盛り込んだ「警護警備実施計画書」(以下「本件警護警備実施計画書」という。)の案の作成に着手した。同警察署は、同警察署における7月8日の勤務体制を勘案し、6月25日警護時から1名減じた数の署警護員を本件遊説場所周辺に配置することとした。

7月8日午前8時30分頃までに、奈良西警察署警備課長、副署長及び警察署長は、本件警護警備実施計画書を決裁の上、同警察署長は、同日午前8時36分頃、奈良県警察本部警備部長に対して、これを送付した。

同警察署では、安倍元総理が聴衆と接する際に生じる危険に対して警戒しなければならないことを認識していたものの、6月25日警護時に違法行為や混乱が発生しなかったこと、安倍元総理に危害を加えることを示唆するなどの具体的な脅威情報に接していなかったことから、本件遊説場所の南方向への警戒の重要性、銃器による攻撃への備え等については特に意識されなかった。

また、同警察署では、6月28日警護の結果を踏まえて、安倍元総理の街頭演説に関して多数の聴衆が集まることは想定していたが、本件遊説場所付近の周辺警備、交通整理等に従事する制服を着用した地域警察官又は交通警察官(以下「制服警察官」という。)の配置等については検討していなかった。

イ 奈良県警察本部における警護計画の作成(起案・決裁)

(ア) 警護計画の作成開始時期

本部警備課は、7月7日午後7時頃から、同課に警備部警衛警護・危機管理対策参事官を長とする「警護連絡室」を設置し、6月25日警護に従事していた身辺警護員A、B及びCの3名のほか、従事する身辺警護員の氏名等を盛り込んだ「警護警備計画書」(以下「本件警護警備計画書」という。)の案の作成に着手した。

(イ) 身辺警護員A、B及びCの配置場所

本件警護警備計画書上、身辺警護員Aが県道のゼブラゾーン上のガードレールの南東部に、身辺警護員Bが同南西部に、身辺警護員Cが同北東部に、それぞれ配置されることとされた(図3参照)

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【図3:本件警護警備計画書上の身辺警護員A、B及びCの配置】

また、本件遊説場所の周辺には、署警護員及び配置場所を固定されて本件遊説場所周辺の聴衆の動向を警戒することを任務とする本部警備課に所属する警護員が、本件遊説場所の西側、北西側、北東側及び東側歩道上に配置されることとされた。

なお、安倍元総理の身辺警護に関連して、安倍元総理本人や関係者から身辺警護員A、B及びC並びに本部警備課及び奈良西警察署に対して、身辺警護員の立ち位置等について指摘や要望が寄せられたことはなかった。

(ウ) 本件警護警備実施計画書と本件警護警備計画書の間の配置上の差異

本件警護警備実施計画書では、署警護員のうち1名をバス・タクシーロータリー内の一番北側のバス停車枠の北東部の歩道角に配置することとされていたものの、本件警護警備計画書上では、本件遊説場所の西側歩道上に同人を配置する記載となっていた(図4参照)

通常、奈良県警察においては、本部警備課と管轄警察署の間の連絡調整により、警護警備計画書及び警護警備実施計画書上、署警護員の配置場所が一致することになるが、本件警護の計画に当たっては、本部警備課と奈良西警察署が署警護員の具体的配置場所について連絡調整することなく、6月25日警護の配置場所を踏襲して、それぞれ計画書を作成したことから、署警護員1名の配置場所に記載上の差異が生じることとなった。

しかし、この署警護員については、その配置に係る記載場所にかかわらず、大和西大寺駅北口一帯を広く巡回して不審者の発見等に従事することとされていたため、計画書上の記載場所が本件警護の実施に直接の影響を与えるものではなかった。

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【図4:本件警護警備実施計画書と本件警護警備計画書の間の配置上の差異】

(エ) 配置人員の検討

本部警備課と奈良西警察署との間で配置人員についての調整を実施した結果、奈良西警察署の7月8日の勤務体制の都合上、6月25日警護時と比べて、同警察署の配置人員が1名減少することが見込まれた。これを受け、本部警備課は、配置人員数の減少を補完するため、7月7日午後8時30分頃、警備課次席の判断の下、本件警護警備計画書上、身辺警護員A、B及びCの3名に加え、本部警備課から身辺警護員1名(身辺警護員E)を追加配置することとした。身辺警護員Eは、街頭演説終了後、安倍元総理が車両に乗車するまでの間に聴衆と接する際に周囲を警戒し、その身辺を警護すること等を任務として、安倍元総理が街頭演説終了後に徒歩で向かうことが予定される場所であって、聴衆が多く集まると見込まれる本件遊説場所の北西側歩道上に配置されることとなった。

本部警備課長については、6月28日警護同様、現場において指揮に当たることとなったものの、現場指揮官は、警護の現場において警護員の指揮統率に当たりながらも、自らも警護員として警戒に当たるのが通常であることから、本件警護警備計画書上では、身辺警護員の一人として位置付けられた。

(オ) 決裁

7月8日午前9時頃までに、本部警備課課長補佐(身辺警護員B)、本部警備課次席、本部警備課長、警備部警衛警護・危機管理対策参事官、警備部長及び警察本部長は、本件警護警備計画書を決裁した。

本件警護計画(本件警護に係る警護計画をいう。以下同じ。)の作成(起案・決裁)の過程では、街頭演説場所が6月25日と同一であったことから、本件遊説場所における警護員の配置については、6月25日警護を踏襲したのみであり、本件遊説場所の南方向への警戒、銃器による攻撃への備え等に関しては具体的に検討がなされず、決裁の過程においても、指摘はされなかった(決裁過程については下表参照)

さらに、本件遊説場所付近の周辺警備、交通整理等に従事する制服警察官の配置等についての検討又は指示もなかった。また、県道の交通規制について検討はされず、本件警護の当日、県道の交通規制は行われなかった。この点、本件遊説場所は大和西大寺駅の直近に位置し、その南方向には、バス・タクシーロータリーが位置しており、旅客自動車運送事業者(バス・タクシー事業者)への事前周知等を行わずに県道の通行を禁止するなどした場合には、公共交通への影響を含め交通上の混乱も生じ得る状況であった。

本部警備課では、本件警護計画の作成(起案・決裁)の過程において、警護対象者が元内閣総理大臣であり、6月28日に想定以上に多数の聴衆が集まり、聴衆と接する時間も長かったことを考慮すべきであると認識されていたものの、6月25日警護時に違法行為や混乱が発生せず、安倍元総理に危害を加えることを示唆するなどの具体的な脅威情報に接していなかったことから、本件警護に関する警護上の危険について、多数の聴衆が集まることに伴って生じる危険又は安倍元総理が聴衆に接する際に生じる危険を除き、それ以上踏み込んだ組織的検討や評価がなされることはなかった。

【本件警護警備計画書の決裁過程】

日時

仰決者(報告者)

決裁者(被報告者)

指示等

7月7日

~午後8時30分頃

本部警備課係長(起案)

(身辺警護員A)

本部警備課課長補佐(身辺警護員B)

・警備課係長(身辺警護員A)は、本部警備課課長補佐(身辺警護員B)の指導を受けながら起案

本部警備課課長補佐

(身辺警護員B)

本部警備課次席

・本部警備課課長補佐(身辺警護員B)から本部警備課次席に奈良西警察署の配置人員が1名減少する見込みである旨報告

・本部警備課次席から、配置数が減少したままでは本件警護を実施することはできない旨、本部警備課から追加配置すべき旨の指示があり、当該指示を受け、本部警備課係長(身辺警護員A)が本件警護警備計画書の案を修正

午後8時45分頃

本部警備課課長補佐

(身辺警護員B)

本部警備課次席

本部警備課次席が本件警護警備計画書の案を預かる旨を伝達

7月8日

~午前8時頃

本部警備課課長補佐

(身辺警護員B)

本部警備課次席

形式面の誤りを指摘し、修正指示

本部警備課次席

本部警備課長

修正なし

本部警備課次席

警備部参事官

修正なし

午前8時20分頃~同25分頃

本部警備課次席

警備部長

修正なし

(警備部長から聴衆の見込みについて確認があり、本部警備課次席から250人程度と見込まれる旨を説明)

午前9時頃

本部警備課次席

警察本部長

修正なし

(警察本部長から6月28日警護との変更点について確認があり、本部警備課次席は実施場所の差異、誰が現場で警護に従事するかについて説明)

ウ 広域警護連絡

警察庁は、警視庁警護員Xが本件警護に従事すること等について、警護要則第9条第5項の規定に基づき、7月7日午後8時11分頃、警視庁から報告を受けた。

同日午後8時25分頃、警察庁は、近畿管区警察局を通じて、奈良県警察本部等に対して、警視庁警護員が奈良県警察の管轄区域に権限を及ぼすことを通知した。一方、警察庁は、奈良県警察に対して、警護計画の具体的な内容の報告を求めていなかった。

(3) 安倍元総理の到着前の状況(現場配置前の指示等)

ア 警察署における指示

本件警護の現場配置に先立ち、奈良西警察署警備課長は、7月8日午前9時30分頃、同警察署内において、署警護員に対して、6月25日警護及び6月28日警護に係る指示と同一の内容を指示するとともに、本件警護警備実施計画書を示しつつ具体的配置場所を指示した。

また、奈良西警察署警備課係長も、署警護員に対して、演説終了後、安倍元総理が聴衆と接する際に周囲を警戒すべきこと及び聴衆の事故防止を図るべきことを伝達した。

イ 連絡調整

署警護員は7月8日午前10時頃に、身辺警護員A、E及び本部警備課長の3名は午前10時9分頃に、それぞれ本件遊説場所付近に到着し、身辺警護員Aは、自民党奈良県連の関係者との間で、本件遊説場所での演台(高さ約0.4メートル)の設置場所について連絡調整を行った。

その結果、演台は、本件遊説場所の中心部ではなく、より多くの聴衆が見込まれる北西方向に寄って、ガードレール沿いに設置された。

安倍元総理の到着に先立ち、本件警護の現場において実施された自民党奈良県連の関係者との連絡調整において、本件遊説場所で街頭演説をすることに伴って警護上想定される危険について具体的に考慮されることはなかった。

ウ 現場における指示

奈良西警察署は、作成された本件警護警備実施計画書に基づき、署警護員を本件遊説場所周辺に配置した。

本部警備課長は、本件警護警備計画書上、身辺警護員として位置付けられており、本件遊説場所周辺の聴衆の動向について警戒を行う任務があった。一方で、同人には、現場指揮官として、本件警護の実施に当たり、警護員による警戒に間隙が生じないよう、その配置、警戒方向等について、必要な指示を行う責務があった。

安倍元総理の到着に先立ち、本部警備課長は、7月8日午前11時16分頃まで、本件遊説場所周辺を巡回した上で、本件遊説場所の北西側歩道上に配置されていた署警護員に対して、聴衆が熱中症で倒れるなどした場合には救護すべきこと、巡回して不審者の発見等に従事していた署警護員に対して、大和西大寺駅北口の駅階段付近にも不審者がいないかどうかを確認すべきことをそれぞれ指示した。

本件警護の実施に当たり、奈良西警察署長は、6月25日警護の現場を視察しており、同警察署警備課長を現場に赴かせたことから、自ら本件警護の現場に赴くことはなかった。また、本件遊説場所付近の周辺警備、交通整理等に従事する制服警察官は配置されなかった。

エ 警護連絡室の設置等

7月8日午前10時1分頃、本部警備課は警備部警衛警護・危機管理対策参事官を長とする警護連絡室を、同日10時3分頃、奈良西警察署は同警察署長を長とする警護警備連絡室をそれぞれ設置した。

オ 被疑者の到着

7月8日午前10時頃、グレー色半袖ポロシャツに作業ズボンを着用し、ショルダーバッグを携行した被疑者は、鉄道を利用して大和西大寺駅に到着し、本件遊説場所付近の商業施設に立ち寄った後、本件遊説場所の周辺を歩くなどしていた。

カ 街頭演説会の開始

7月8日午前11時10分頃、安倍元総理の到着に先立ち、本件遊説場所で街頭演説会が開始され、国会議員や奈良県議会議員による街頭演説が行われた。

午前11時10分時点、本件遊説場所付近の聴衆は、主に北東方向と北西方向に分かれ、合計約200名であった。

(4) 安倍元総理の到着後の状況

7月8日午前11時17分8秒頃、本部警備課長は、安倍元総理の到着直前に、バス・タクシーロータリー内の一番北側のバス停車枠の北東部の歩道角に移動し、同場所において、本件遊説場所の南側を中心として、安倍元総理の降車時に備えて警戒を開始した。同時刻、被疑者も同歩道角に移動してきた。この時、本部警備課長は、被疑者のちょ立場所から1~2メートルほど離れた同歩道角にいたが、被疑者に着目することはなかった。

午前11時17分43秒頃、大阪府内から車両で移動していた安倍元総理は、本件遊説場所の北西側道路上に到着した。身辺警護員A、B及びC並びに警視庁警護員Xは、降車した安倍元総理の周囲を警戒しながら、ゼブラゾーンの北西側から本件遊説場所へ誘導した。

午前11時18分14秒頃、身辺警護員A及びB並びに警視庁警護員Xは、安倍元総理と共に本件遊説場所(ガードレールの内側)に到着した。

安倍元総理到着時、身辺警護員Aは、本件警護警備計画書上身辺警護員Cが配置されていた県道のゼブラゾーン上のガードレールの北東部(ガードレールの内側)で主として本件遊説場所の北西側及び北東側歩道上の聴衆の動向の警戒を開始したことから、身辺警護員Cは、午前11時18分22秒頃から、6月25日警護時と同様に、本件遊説場所南側の県道のゼブラゾーン上(ガードレールの南東部・外側)で主として南方向への警戒を開始した。

被疑者は、安倍元総理が本件遊説場所に到着した後、バス・タクシーロータリー内の一番北側のバス停車枠の北東部の歩道角で午前11時18分52秒頃には拍手をするなどしながら、本件遊説場所方向を見てちょ立していた。ちょ立する被疑者の周辺では、被疑者以外にも、複数の通行人等がショルダーバッグ、リュックサック等を携行して、往来し、又は立ち止まっていた。

身辺警護員B及び警視庁警護員Xは、本件遊説場所の北西側及び北東側歩道上の聴衆の飛び出し、聴衆に紛れた者からの違法行為等を念頭に置いた上で、本件遊説場所がガードレールに囲まれていることを考慮に入れ、安倍元総理から数メートル(最も直近の警視庁警護員Xにあっても約2メートル)の位置に立ち、本件遊説場所の北西側及び北東側歩道上の聴衆の動向を主として警戒していた。

本部警備課長は、午前11時18分58秒頃、付近の歩行者等の動向を警戒するため、本件遊説場所の南東方向に位置する横断歩道の南側歩道上に移動し、北から西方向(本件遊説場所の南側を含む。)にかけて警戒を開始した。当時、被疑者がちょ立していた場所の付近には、安倍元総理の街頭演説を聞こうとする者が5人程度立ち止まっていたほか、当該横断歩道の南側歩道上で警戒に当たる本部警備課長の眼前には、日傘を差すなどした歩行者が複数通行しており、また、県道上においては、渋滞は発生していなかったものの自転車を含む複数の車両が頻繁に往来していたことから、本部警備課長の立ち位置からは、同横断歩道付近及び本件遊説場所の見通しは良好であったが、バス・タクシーロータリーをはじめ、本件遊説場所の南側への見通しが悪い状況となっていた。

安倍元総理は、午前11時23分25秒頃からの候補者による演説開始に際して、同29秒頃、本件遊説場所の北東部へ移動し、本件遊説場所の北東側歩道上の聴衆に対して支援を呼び掛けたことから、身辺警護員A及びB並びに警視庁警護員Xは、安倍元総理に随伴して本件遊説場所であるガードレール内を東方向に移動した。また、身辺警護員Cも、本件遊説場所南側の県道のゼブラゾーン上(ガードレールの外側)を、ガードレールに沿って、東方向に移動した。

この後、午前11時26分頃までの間に、身辺警護員Aは、本件遊説場所南側の県道のゼブラゾーン上(ガードレールの外側)で主として本件遊説場所の南方向を警戒していた身辺警護員Cに対して、同人が県道上を通行する車両と接触する危険及び身辺警護員Cを避けようとして県道上を通行する自転車と自動車が接触する危険を防止するため、ガードレールの内側に移動するよう指示するとともに、本件遊説場所の北東側及び東側歩道上に数多くの聴衆が集まっていたことから、これらの聴衆の動向に対する警戒を強化する必要があると判断し、身辺警護員Cに対して、本件遊説場所の東側歩道上の聴衆の動向を警戒するよう直接指示した。

これを受け、身辺警護員Cは、ガードレールの内側に移動し、本件遊説場所の南方向への警戒を行いつつも、主として本件遊説場所の北東側及び東側歩道上の聴衆の動向に対する警戒を開始した。

本部警備課長は、当初、身辺警護員Cが本件遊説場所南側の県道のゼブラゾーン上(ガードレールの外側)で警戒している状況を認識しており、その後、ガードレールの内側で警戒している状況も視認していた。

身辺警護員Aが身辺警護員Cの配置場所及び主たる警戒方向を変更したことに伴い、本件遊説場所の南方向への警戒は不十分となった。

午前11時28分15秒頃、候補者による演説が終了し、候補者が演台から降壇した。

午前11時28分42秒頃、候補者といわゆるグータッチを交わした後、安倍元総理が演台に登壇した。この頃、本件遊説場所付近の聴衆数は約300名であった(聴衆の分布状況については図5参照)

安倍元総理の南東で警戒していた警視庁警護員Xは、安倍元総理の登壇の際、午前11時28分42秒頃から同47秒頃にかけて、安倍元総理から南西約2メートルに立ち位置を移動させ、引き続き、主として本件遊説場所の北西側及び北東側歩道上の聴衆の動向を警戒した。

午前11時29分22秒頃、本件遊説場所において、身辺警護員Aは、安倍元総理の演説開始に伴い、聴衆の飛び出し、聴衆に紛れた者からの違法行為等に一層警戒するため、身辺警護員Aの直近において、主として本件遊説場所の北東側及び東側歩道上の聴衆の動向を警戒していた身辺警護員Cに対して、安倍元総理の演台方向に近付くよう耳打ちして指示した。

これを受け、午前11時29分24秒頃から同28秒頃にかけて、身辺警護員Cは、本件遊説場所(ガードレールの内側)をガードレールに沿って西方向に約1メートル移動し、安倍元総理の演台方向に近付いて、主として本件遊説場所の北東側及び東側歩道上の聴衆の動向の警戒を継続した。

候補者による演説が開始された午前11時23分25秒頃から安倍元総理の演説の開始(午前11時28分42秒頃)までの間、少なくとも車両36台(うち自転車5台)が本件遊説場所が位置する交差点内を通行し、少なくとも歩行者3名が同交差点内の横断歩道でない部分を通行し、又は横断していた。

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【図5:本件遊説場所周辺の聴衆の状況】

(5) 被疑者のバス停付近の歩道南進開始後の状況

バス・タクシーロータリー内の一番北側のバス停車枠に停車していたバスは、午前11時29分33秒頃には発車し、同バス停車枠にはバスが停車していない状況となった。

午前11時29分51秒頃、被疑者は、バス・タクシーロータリー内の一番北側のバス停車枠の北東部の歩道角で周囲を見渡していたが、午前11時30分0秒頃から、バス・タクシーロータリー沿いの歩道を、徒歩でゆっくりと南進し始めた【別添図1参照】。この時、同歩道角には、4人の男女が本件遊説場所方向を写真撮影するなどしていたほか、日傘を差すなどした複数の人が立っていた。

身辺警護員Cは、午前11時29分50秒頃、同29分59秒頃から同30分1秒頃にかけて南東方向に顔を向け警戒するとともに、同30分2秒頃から同6秒頃にかけて南西方向から南東方向に顔を向け警戒していた。また、同30分8秒頃から同17秒頃までは東方向に顔を向け警戒し、同18秒頃から22秒頃まで南方向を再び警戒していた。

午前11時30分25秒頃から同29秒頃にかけて、自転車に乗車した女性1名が県道をバス・タクシーロータリーに沿って西進した際、身辺警護員Cは、同27秒頃から南方向に顔を向け警戒していた。同30分39秒頃には工事用車両が、同43秒頃には普通自動車が安倍元総理の演台付近を東進して通過した際も、身辺警護員Cは、南西方向に顔を向け警戒していた。

午前11時30分43秒頃から同31分5秒頃にかけて、自転車に乗車した男性1名(以下「自転車男性」という。)が本件遊説場所南側の県道のゼブラゾーン上(ガードレールの外側)を西から東方向に低速で移動し、同30分51秒頃には県道のゼブラゾーン上で自転車を一時停車させるなど、本件遊説場所に接近した【別添図2及び別添図3参照】。

また、午前11時30分47秒頃、徒歩で台車を押す男性1名(以下「台車男性」という。)が、本件遊説場所に西から接近し、同52秒頃から本件遊説場所南側の県道のゼブラゾーン上(ガードレールの外側)に到達し、同58秒頃には、ゼブラゾーン上を再び低速で東進していた自転車男性の南側を追い抜いて通行した。

警視庁警護員Xは、安倍元総理の南西約2メートルで周囲を警戒していたが、自転車男性の接近及び一時停車に合わせて、午前11時30分50秒頃、本件遊説場所において東方向に約1メートル移動し、自転車男性からの物の投てき等をはじめ、安倍元総理に直接危害が及ぶ事態を想定し、自転車男性と安倍元総理の間に身体を差し入れた。警視庁警護員Xは、自転車男性及び台車男性が通過した同31分1秒頃、元の立ち位置に戻り、警視庁警護員Xは、主として本件遊説場所の北西側及び北東側歩道上の聴衆の動向の警戒を再開した。

身辺警護員Bは、自転車男性がその背後を通過した午前11時30分49秒頃から同58秒頃にかけて、南東方向を振り向いて、通り過ぎた自転車男性の動向を警戒した後、本件遊説場所の北西側及び北東側歩道上の聴衆の動向の警戒を再開した。身辺警護員Cも、自転車男性及び台車男性が直近を通過中の同30分56秒頃から同57秒頃にかけて南方向を、自転車男性及び台車男性の通過後の同30分58秒頃から同31分4秒頃にかけて南東方向から東方向の警戒に当たり、自転車男性及び台車男性が本件遊説場所の直近を通過する状況を確認した。

被疑者は、自転車男性及び台車男性が警視庁警護員Xの南側を通過し、かつ、身辺警護員Cの南側を通過しようとする午前11時30分56秒頃までには、バス・タクシーロータリー内の一番北側のバス停車枠付近から同ロータリーに進入し、そのバス停車枠を通って北西方向に歩き、本件遊説場所に接近した【別添図4参照】。

午前11時30分57秒頃には、同バス停車枠の北西部分において、歩きながら、ショルダーバッグの中を見ながら右手を入れ、同バッグ内の中身を確認しつつ、更に北西方向に進行した。

午前11時31分0秒頃には、ショルダーバッグから視線を上げ、本件遊説場所の方向を見据えながらバス・タクシーロータリーを更に北西方向に進み、同2秒頃には、北を向いて同ロータリーから出て、本件遊説場所南側の県道(幅員約7.7メートル)の横断歩道でない部分を横断し始め【別添図5参照】、同3秒頃には、同部分を約2.7メートル北進した県道上において、歩きながら、右手でショルダーバッグから銃器様の物を取り出した【別添図6参照】。また、同5秒頃には、被疑者は、県道の中央付近まで北進し、両手で当該銃器様の物を把持し、銃口を演台上の安倍元総理に向けた。

被疑者が銃口を安倍元総理に向けた時、身辺警護員Aは、引き続き、安倍元総理から東約5メートルの本件遊説場所の北東部において、本件遊説場所の北西側歩道上の聴衆の動向を警戒しており、被疑者が接近し、安倍元総理に対して銃口を向けたことに気付かなかった。

また、身辺警護員Bも、引き続き、安倍元総理から西南西約3メートルの本件遊説場所の南西部において、本件遊説場所の北東側歩道上の聴衆の動向を中心に警戒しており、被疑者が接近し、安倍元総理に対して銃口を向けたことに気付かなかった。

身辺警護員Cについても、安倍元総理から東南東約4メートルの本件遊説場所の南東部において、自転車男性及び台車男性の通過を確認した後、東方向から南方向に顔を向けたものの、南方向に顔を向けた直後であり、被疑者が接近し、安倍元総理に対して銃口を向けていると気付くには至らなかった。

なお、身辺警護員Cの南側のガードレールには、のぼり旗が2本立てられていたが、午前11時29分28秒頃以降、身辺警護員Cは、のぼり旗の間から南方向を視認できる状況であったことから、のぼり旗の存在が視界の妨げになっていたものではなかった。

警視庁警護員Xは、最も安倍元総理に近く、南西約2メートルの位置で警戒していたが、自転車男性に対する警戒終了後、北方向に顔を向け警戒しており、被疑者が接近し、安倍元総理に対して銃口を向けたことに気付かなかった。

本部警備課長は、引き続き、本件遊説場所の南東方向に位置する横断歩道の南側歩道上で、北西方向(本件遊説場所の南側)を警戒していたが、同歩道上には、引き続き、4人の男女が本件遊説場所方向を写真撮影するなどしていたほか、日傘を差すなどした複数の人が立っており、見通しが悪く、被疑者が接近し、安倍元総理に対して銃口を向けたことに気付かなかった。

そして、いずれの署警護員にあっても、本件遊説場所の北西側及び北東側歩道上の聴衆の動向を中心に警戒し、又は一帯を広く巡回して不審者の発見等に従事していたため、被疑者が接近し、安倍元総理に対して銃口を向けたことに気付かなかった。

なお、本件警護の現場周辺において、被疑者に対するものを含め、職務質問が実施された事実は確認されなかった。

(6) 1発目の発砲から2発目の発砲に至るまでの状況

午前11時31分6秒頃、被疑者は、銃器様の物を両手で把持したまま県道を北進し続け、県道の中央を越えて、安倍元総理から南約7.0メートルの距離から1発目を発砲した【別添図7参照】。

身辺警護員Aは、1発目の発砲音を銃器によるものと認識しなかったが、約1秒後の同31分7秒頃、振り返って被疑者が構える筒状の物を認めた。

身辺警護員Bは、1発目の発砲音を銃器によるものと認識しなかったが、約1秒後の同31分7秒頃、振り返って被疑者の存在を認めた後、同8秒頃、安倍元総理の演台方向に向かい、警視庁警護員Xと共に、被疑者と安倍元総理の間(以下「射線」という。)に入ろうとした。

身辺警護員Cは、東方向から南方向に顔を向けた直後に1発目の発砲があり、その直後、銃器様の物を所持する被疑者の存在を認めたことから、被疑者の確保に向かうため、同31分7秒頃、本件遊説場所南側のゼブラゾーン上のガードレールに左手をかけ、当該ガードレールを乗り越えようとした。

警視庁警護員Xは、1発目の発砲音を銃器によるものと認識しなかったが、約1秒後の同31分7秒頃、振り返り、被疑者の存在を認めたことから、同8秒頃、左手に携行していた防護板(身辺警護員が携行する防弾用資機材であって、警護対象者を銃撃から防護するために用いられるものをいう。以下同じ。)を掲げながら、射線に入ろうとした。

本部警備課長は、1発目の発砲音を銃器によるものと認識しなかったが、1発目の発砲後、状況を確認するため、本件遊説場所の南東方向に位置する横断歩道の南側歩道上を西方向に向かった。

本件遊説場所の西側歩道上に配置されていた署警護員のうち1名は、1発目の発砲後に被疑者の存在を認め、同31分8秒頃、県道の車道部分に進入し、被疑者に向かって駆け出した。

被疑者は1発目の発砲後、更に本件遊説場所に接近し、午前11時31分7秒頃、再度、両手で銃器様の物を構え、銃口を演台上の安倍元総理に向けた【別添図8参照】。

安倍元総理は、演台上で、北西方向に向いてマイクを用いて演説していたが、被疑者の発砲を受け、同時刻、演説を中断し、左後方を振り返ろうとした。結果として、1発目について、安倍元総理は被弾しなかった。

(7) 2発目の発砲から被疑者の逮捕に至るまでの状況

被疑者は、1発目の発砲から約2.7秒後となる午前11時31分8秒頃、安倍元総理から南約5.3メートルの距離から2発目を発砲し、安倍元総理が被弾した【別添図9参照】。安倍元総理は、同9秒頃、演台から降り、同10秒頃、その場に倒れ込んだ。

身辺警護員Cは、午前11時31分8秒頃、ガードレールに左足を掛け、ガードレールを乗り越えた瞬間、2発目が発砲された。同人は、そのまま県道の中央付近まで走り、同31分10秒頃、被疑者の右上腕部をつかんだ。また、本件遊説場所の西側歩道上に配置されていた署警護員1名は、同11秒頃、被疑者の下に駆け寄り、身辺警護員Cが被疑者の上腕部をつかんだ後、滑り込みながら被疑者の脚部をつかんだ。

身辺警護員Aは、被疑者の方向に向かおうとしていたところで2発目が発砲された。2発目の発砲後、被疑者が把持している物体を銃器様の物と認識し、身辺警護員Cを追うような形で、同31分9秒頃にガードレールを飛び越えて県道を南進し、同11秒頃に被疑者の確保に加わった。

身辺警護員Xは、防護板を安倍元総理との間に近付けることはできたが、射線を遮る前に2発目が発砲された。2発目の発砲後、被疑者が確保される同31分11秒頃までの間、次の攻撃に備え、被疑者と演台の間で防護板を掲げ続けるとともに、被疑者の確保を確認した同13秒頃には、演台付近で倒れ込む安倍元総理の下に駆け付け、その救護に当たった。

身辺警護員Bは、射線に入ろうとしたが、射線に入る前に2発目が発砲された。身辺警護員Bは、被疑者の確保を確認した同13秒頃には、演台付近で倒れ込む安倍元総理の下に駆け付け、その後、安倍元総理の直近で無線報告を行った。

本部警備課長は、本件遊説場所の南東方向に位置する横断歩道の南側歩道上を西方向に向かっていたところで2発目が発砲された。本部警備課長は、2発目の発砲後に被疑者が銃器様の物を手に持っている状況を認めたところで被疑者の確保のために駆け付けようとするも、午前11時31分10秒頃、同横断歩道の南側歩道上で通行人と接触・衝突し、同通行人を転倒させたことから、転倒した通行人に声を掛けた後、被疑者の確保状況と安倍元総理の状況を確認した。

第2 確認された事実への分析・評価

1 分析・評価の進め方

第1で確認された事実に対して、警察は、なぜ警護の目的を果たすことができなかったのかという観点から、以下では、結果との間の因果関係が強く認められる事象を抽出及び分析し、その濃淡に応じた評価を行うことにより、問題の所在を明確化する。

分析・評価においては、問題の所在を「現場における警護の問題」及び「警護計画上の問題」に分けて検討する。

「現場における警護の問題」においては、一般的に、結果に対してより近接した時間に発生した事象ほど、当該結果との間で強い因果関係がある可能性が高くなることを踏まえ、安倍元総理が選挙遊説中に銃撃を受け死亡するという重大な結果(以下「本件結果」という。)の発生から、順次、時間を遡る形で、各時点において身辺警護員等がその職務としてどのような行動をとれば、本件結果を阻止することができたのか、また、なぜそのような行動がとられなかったのかについて、それぞれ検討する。

「警護計画上の問題」においては、「現場における警護の問題」を生じさせないという観点から、警護計画及び警護態勢について、配置、指揮、連絡等において、適切な役割分担の下で身辺警護員等の能力を十分に発揮させるとともに、問題があれば他の身辺警護員等が補完するといった、警戒に間隙を生じさせない組織的対応がとられていたのか、また、そのような組織的対応がとられていなかったのであればその原因・背景について検討する。

2 現場における警護の問題

(1) 現場において本件結果を阻止することができなかった要因

ア 2発目の発砲から安倍元総理の被弾まで

被疑者は、1発目の発砲後、安倍元総理まで約5.3メートルの至近距離から2発目を発砲し、安倍元総理が被弾しているが、2発目の発砲があった段階では身辺警護員等が本件結果を阻止することは物理的に不可能であったと認められる。

イ 1発目の発砲から2発目の発砲まで

(ア) 身辺警護員等による防護措置

一般的に、警護の現場において、銃撃その他違法行為が認められた場合には、全ての警護員が警護対象者を危険から回避させる措置を執るのではなく、警護対象者の直近に位置する者が当該措置を執り、被疑者の直近に位置する者が被疑者の制圧に当たり、その他の者は拳銃を取り出すなどして、予想される次の攻撃に警戒することが求められる。

1発目の発砲後、安倍元総理を演台から降ろし、又は伏せさせるといった、危険から回避させるための措置が執られることはなかった。

この点、身辺警護員等において、1発目の発砲の際に即座に状況を把握し、約2.7秒後の2発目の発砲までの間に、的確に防護板を掲げて射線に入り、又は警護対象者の退避等の防護措置を執れば、本件結果を阻止することができた可能性はなかったとはいえない。

しかしながら、いずれの身辺警護員等にあっても、被疑者による本件遊説場所への接近を認識しておらず、また、発砲音を銃器によるものと即座に認識するに至らなかったことから、身辺警護員A、B及びC並びに警視庁警護員Xの立ち位置から実際に防護措置を執るまでの間に遅れが生じたものと認められ、この状況の下では、1発目の発砲後、身辺警護員等が防護措置を執って本件結果を阻止することは実際上困難であったといわざるを得ない。すなわち、本件結果の発生を阻止するには、1発目の発砲前の段階において、身辺警護員等において、被疑者の接近に気付いている必要があった。

(イ) 更なる攻撃の阻止・対処のための措置

1発目の発砲後、身辺警護員等のうち、声を上げて被疑者に警告し、又は拳銃を取り出した者はいなかった。

この点、被疑者が銃器様の物を構えている状況を把握し、発砲音が銃器によるものと即座に認識できていれば、身辺警護員等が声を上げて被疑者に警告するなどして、本件結果を阻止することができた可能性がなかったとはいえない。

しかしながら、いずれの身辺警護員等にあっても、被疑者が銃器様の物を構えている状況を認識しておらず、その後の発砲音を銃器によるものと即座に認識するに至らなかったことから、被疑者に対する警告、拳銃の取り出し等に至らなかったものと認められ、1発目の発砲後、身辺警護員等が警告等を行って本件結果を阻止することは実際上困難であったといわざるを得ない。すなわち、前掲のとおり、本件結果の発生を阻止するには、1発目の発砲前の段階において、身辺警護員等において、被疑者の接近に気付いている必要があった。

ウ 被疑者のバス・タクシーロータリー進入から1発目の発砲まで

被疑者が県道を横断して安倍元総理に近付こうとした段階でその接近を阻止していれば、容易かつ確実に本件結果を阻止することができたと認められる。

また、被疑者がバス・タクシーロータリーに進入して間もなく被疑者の接近に気付いていれば、遅くとも被疑者が銃器様の物をショルダーバッグから取り出そうとした時点で危険を察知することができ、2発目の発砲までには、その立ち位置からでも防護措置を執ることにより、本件結果を阻止することができた可能性が高かったと認められる。

しかしながら、被疑者の接近時、本件遊説場所の南方向を主として警戒する身辺警護員や署警護員はおらず、身辺警護員A、B及びC並びに警視庁警護員Xは、いずれも本件遊説場所の主として北西側、北東側又は東側歩道上の聴衆等に注意を向けていたことから、本件遊説場所の南側において、被疑者がバス・タクシーロータリーに進入し、本件遊説場所へ接近している事態に気付くことがなかった。

この点(以下「後方警戒の空白」という。)が本件警護の現場において本件結果を阻止することができなかった主因であると認められる。

エ 被疑者のバス・タクシーロータリー進入前まで

被疑者が大和西大寺駅に到着してからの行動を継続的に注視・警戒していれば、不審者として認識することができた可能性がないとはいえないが、そのような継続的な注視・警戒を実施すべき不審行動、外観上の不審点、個別具体的な情報等はなかった。したがって、この段階で被疑者の犯行を防止するための対応は困難であったと認められる。

(2) 現場における警護員の動作についての評価

ア 身辺警護員Cについて

身辺警護員Cは、安倍元総理から東南東約4メートルの本件遊説場所の南東部において、主として本件遊説場所の北東側及び東側歩道上の聴衆の動向を警戒していたが、併せて南方向への警戒も行っていた。

しかし、身辺警護員Cは、1発目の発砲まで被疑者の接近には気付かず、1発目の発砲があり、その直後、銃器様の物を所持する被疑者の存在を認めたことから、その立ち位置からガードレールを乗り越えて被疑者の確保に向かおうとしたが、2発目の発砲及び本件結果の阻止には至らなかった。

身辺警護員Cが本件遊説場所の南方向への警戒を十分に行い、被疑者の接近にいち早く気付いていれば、自ら被疑者の制止に向かうとともに、声を上げるなどして、他の身辺警護員等に危険を知らせて安倍元総理を防護する措置を執らせること等により、本件結果の発生を阻止することができた可能性がある。

この場合、身辺警護員Aによる変更指示前の立ち位置である本件遊説場所南側の県道のゼブラゾーン上(ガードレールの外側)で警戒に当たっていれば、より迅速に被疑者の制止に向かうことができ、本件結果の発生を阻止することができた可能性はより高くなっていたと考えられる。

しかし、身辺警護員Cは、身辺警護員Aの指示を受け、これに従い、本件遊説場所南側の県道のゼブラゾーン上(ガードレールの外側)からガードレールの内側に移動し、主として本件遊説場所の北東側及び東側歩道上の聴衆の動向を警戒していたことから、南方向への警戒を十分に行うことが困難な状態にあったものと認められる。

イ 身辺警護員Aについて

身辺警護員Aは、安倍元総理から東約5メートルの本件遊説場所の北東部において、主として本件遊説場所の北西側及び北東側歩道上の聴衆の動向を警戒していたことから、自ら本件遊説場所の南方向を警戒していないことに問題があるとは認められない。したがって、被疑者の接近に気付かなかったことはやむを得ないと認められる。

また、身辺警護員Aは、1発目の発砲音を銃器によるものと認識せず、直ちに銃撃を受けたという状況を理解するに至らなかったことから、その立ち位置から実際に被疑者の確保に向かうまでに遅れが生じたものと認められる。

この点、身辺警護員Aは、被疑者の接近に気付いていなかったことから、突然の発砲音のみで直ちに銃撃を受けたと理解することは困難であったと認められる。

一方、身辺警護員Aは、身辺警護員Cに対して、本件遊説場所南側の県道のゼブラゾーン上(ガードレールの外側)からガードレールの内側に移動し、本件遊説場所の東側歩道上の聴衆の動向を警戒するよう指示を行っている。

この点、身辺警護員Aによる身辺警護員Cに対する配置場所及び主たる警戒方向の変更指示は、

・ 6月28日警護の際、多くの聴衆が集まったことを受けて、身辺警護員等が聴衆の飛び出し、聴衆に紛れた者による違法行為等の発生の危険を念頭に置いていたところ、本件遊説場所の北東側・東側歩道上に聴衆が数多く認められたこと

・ 身辺警護員Cが県道上を通行する車両と接触する危険及び身辺警護員Cを避けようとして県道上を通行する自転車と自動車が接触する危険を防止する必要があったこと

等によるものであり、身辺警護員Aがこの指示を行ったことは、警護実施上の判断として、それ自体には相当の理由があると認められる。しかし、同時に、当該指示によって本件遊説場所の南方向への警戒が極めて不十分になることは明らかであることから、身辺警護員Aは、現場指揮官である本部警備課長に対して、身辺警護員又は署警護員の配置を要請するなど、本件遊説場所の南方向への警戒を補強する対応措置を執る必要があったと認められる。すなわち、当該指示を行ったにもかかわらず、これに伴って必要となる対応措置を執らなかったことが後方警戒の空白を生じさせた要因であると認められる。

ウ 本部警備課長について

本部警備課長は、安倍元総理の到着前、たまたま、バス・タクシーロータリー内の一番北側のバス停車枠の北東部の歩道角において、聴衆を装ってちょ立する被疑者の近くの場所にいたこともあったが、被疑者は、犯行前、立ち止まって安倍元総理の街頭演説を聞こうとする者に紛れながら、聴衆を装って拍手するなどしていたのみであり、この段階では、何らかの犯罪を犯そうとしていると疑うに足る理由があったとは認められない。

したがって、被疑者が同歩道角から移動を開始するまでの段階では、本部警備課長が被疑者を不審者として認識することは困難であったと認められる。

一方、本部警備課長は、現場指揮官として、本件警護の実施に当たり、警護員による警戒に間隙が生じないよう、その配置、警戒方向等について、必要な指示を行う立場にあり、身辺警護員Cが本件遊説場所南側の県道のゼブラゾーン上(ガードレールの外側)からガードレールの内側に移動し、主として本件遊説場所の北東側及び東側歩道上の聴衆の動向を警戒していることを視認しているのであるから、その時点で、後方警戒の空白が顕在化していることに気付き、無線機を活用するなどして、身辺警護員若しくは署警護員の配置を調整・是正し、又は身辺警護員若しくは署警護員に対して本件遊説場所の南方向の警戒に当たるよう指揮する必要があった。このような対応措置が執られていれば、本件結果を阻止することができた可能性が高かったものと認められる。

エ 警視庁警護員Xについて

警視庁警護員Xは、最も安倍元総理に近く、南西約2メートルの位置で、安倍元総理の背を視野に入れつつ、主として本件遊説場所の北西側及び北東側歩道上の聴衆の動向の警戒に当たっていた。警視庁警護員Xにおいて、現に多数の聴衆が集まっていた北西方向及び北東方向を警戒することは当然であり、本件遊説場所の南方向への警戒を他の身辺警護員に任せることに問題はないと認められる。また、自転車男性が通過した際には、安倍元総理を防護するための適切な動作をとっていることから、本件遊説場所の南方向への警戒を怠っていたとも認められない。したがって、警視庁警護員Xが、1発目の発砲まで被疑者の接近に気付かなかったことは、やむを得ないと認められる。

また、警視庁警護員Xは、1発目の発砲音を銃器によるものと認識せず、直ちに銃撃を受けたという状況を理解するに至らなかったことから、その立ち位置から実際の防護措置を執るまでに遅れが生じたものと認められる。

この点、警視庁警護員Xは、被疑者の接近に気付いていなかったことから、突然の発砲音のみで直ちに銃撃を受けたと理解することは困難であったと認められる。また、警視庁警護員Xの立ち位置は、安倍元総理から約2メートル離れているが、これは、安倍元総理の真後ろで警戒した場合、安倍元総理の身体がかえって視野を狭め、安倍元総理の正面からの違法行為に対して、即座に対応することができなくなることから、これを避けるために必要かつ相当なものであり、また、被疑者の接近に気付いていなかったことから、あらかじめその立ち位置を変更する判断をすることは困難であったと認められる。

オ 身辺警護員Bについて

身辺警護員Bは、安倍元総理から西南西約3メートルの本件遊説場所の南西部において、主として本件遊説場所の北西側歩道上の聴衆の動向を中心に警戒していたことから、自ら本件遊説場所の南方向を警戒していないことに問題があるとは認められない。また、自転車男性が通過した際には、南東方向を振り向いて、通り過ぎた自転車男性の動向を警戒する動作をとっているが、その後更に本件遊説場所の南方向にまで警戒することは、本件遊説場所の北西側歩道上の聴衆の動向の警戒が不十分になるおそれがあるため適当ではない。したがって、身辺警護員Bが、1発目の発砲まで被疑者の接近に気付かなかったことはやむを得ないと認められる。

また、身辺警護員Bは、1発目の発砲音を銃器によるものと認識せず、直ちに銃撃を受けたという状況を理解するに至らなかったことから、その立ち位置から実際の防護措置を執るまでに遅れが生じたものと認められる。

この点、身辺警護員Bは、被疑者の接近に気付いていなかったことから、突然の発砲音のみで直ちに銃撃を受けたと理解することは困難であったと認められる。また、身辺警護員Bの立ち位置は、安倍元総理から約3メートル離れているが、これは、本件遊説場所がガードレールに囲まれていたことを考慮に入れ、本件遊説場所の北西側歩道上の聴衆の動向の警戒を行い、同方向からの違法行為等に対処するために相当なものであり、また、被疑者の接近に気付いていなかったことから、あらかじめその立ち位置を変更する判断をすることは困難であったと認められる。

カ その他の身辺警護員及び署警護員について

その他の身辺警護員及び署警護員は、本件遊説場所の西側、北西側、北東側及び東側歩道上に配置され、又は大和西大寺駅北口一帯を広く巡回し、聴衆の動向等を警戒していたものであり、被疑者の接近に気付かなかったことはやむを得ないと認められる。

【小括】

本件警護の現場で生じた後方警戒の空白は、身辺警護員Aによる身辺警護員Cに対する配置場所及び主たる警戒方向の変更指示のほか、身辺警護員A及び本部警備課長による警戒を補強する対応措置が執られなかったことにより、1発目の発砲直前に出現したものである。

しかし、後方警戒の空白を生じさせた要因としては、本件警護計画の問題があったと認められ、この点は次の3で検討する。

3 警護計画上の問題

(1) 適切な警護計画により本件結果を阻止することができた可能性

本件遊説場所の南側には、県道及びバス・タクシーロータリーが所在し、多数の車両、歩行者が通行するなど、明らかな警護上の危険があった。

したがって、本件警護計画において、本件遊説場所で街頭演説をすることに伴って警護上想定される危険を具体的に評価していれば、本件遊説場所の南方向への警戒が必要であることを認識した上で、本件遊説場所の南側からの違法行為等を阻止する役割を付与した相当数の警護員を配置するなどの適切な措置を執ることにより、被疑者が県道を横断して本件遊説場所に接近することを阻止し、もって本件結果を阻止することができた可能性が高いと認められる。

しかし、本件警護計画の作成(起案・決裁)の過程において、本件遊説場所の南方向への警戒の必要性について具体的に考慮されることはなく、県道のゼブラゾーン上のガードレールの南東部に身辺警護員1名を配置することとしていたのみで、他に同方向を警戒すべき警護員を配置することは検討されていない。

この点で、本件警護計画は、本件遊説場所で街頭演説をすることに伴って警護上想定される危険に適切に対応するものとはなっておらず、それ自体に不備があったと言わざるを得ない。

(2) 警護計画の内容及び起案・決裁の過程についての評価

ア 想定される危険に対する評価

奈良県警察本部及び奈良西警察署では、警護員の配置等に関して、6月25日警護を安易に、かつ、形式的に踏襲したのみであり、本件遊説場所で街頭演説をすることに伴って警護上想定される危険、特に、本件遊説場所の南側の警護上の危険について、具体的に検討をしていない。すなわち、本件遊説場所の南方向を警戒する必要があることについて思い至っていなかった。

本件警護計画の作成(起案・決裁)の過程において、本件遊説場所で街頭演説をすることに伴って警護上想定される危険を組織として具体的に評価し、本件遊説場所の南方向を警戒し、本件遊説場所の南側からの不審者の接近、違法行為等を阻止する役割を付与した警護員を相当数配置していれば、被疑者が県道を横断し、本件遊説場所に接近しようとした段階で対処することができ、本件結果を阻止することができた可能性が高いと認められる。

しかし、本件警護計画は、聴衆の飛び出し、聴衆に紛れた者による違法行為等を念頭に置いていたにすぎず、街頭演説終了後に聴衆が多く集まると見込まれる場所に身辺警護員1名が追加配置されるにとどまっており、本件遊説場所の南方向を警戒すべき身辺警護員又は署警護員を配置することは検討されず、本件警護計画の決裁の過程でも指摘されなかった。

本件警護計画は、警察本部長までの決裁を経たにもかかわらず、本件遊説場所で街頭演説をすることに伴って警護上想定される危険に対応するものとなっていなかった。

イ 警護員の配置

奈良県警察本部及び奈良西警察署では、警護員の配置について、本件遊説場所で街頭演説をすることに伴って警護上想定される危険を評価していなかったため、警戒に間隙が生じないようにするために必要な人員配置をしなかった。

本件警護において、本件遊説場所の南方向への警戒は、主として身辺警護員一人が行うこととされており、身辺警護員一人の配置では、本件遊説場所の南方向への警戒を十分に行うことは困難であった。

本件警護計画の作成段階において、本件遊説場所で街頭演説をすることに伴って想定される警護上の危険に対応するため、本件遊説場所の南方向への警戒を十分に行うための員数の警護員を配置していれば、被疑者の接近に気付くことができ、遅くとも、被疑者が県道の横断を開始し、本件遊説場所に接近しようとした段階で対処することにより、本件結果を阻止することができた可能性が高かったと認められる。

ウ 制服警察官の配置

奈良県警察本部及び奈良西警察署では、本件遊説場所付近の周辺警備、交通整理等に従事する制服警察官の配置等についての検討又は指示がされなかった。

本件警護計画上、周辺警備、交通整理等に従事する制服警察官を本件遊説場所の付近に配置するための検討がなされ、当該制服警察官が本件遊説場所の南側の県道をみだりに通行しようとする歩行者等に対する指導等を行うこととされていれば、本件警護の現場においても、被疑者が本件遊説場所に接近しようとするのを阻止することができた可能性があった。また、そのような措置が執られていれば、身辺警護員等は、本件遊説場所周辺の交通に対して強く意識を向ける必要はなかったと認められる。

奈良県警察本部及び奈良西警察署は、本件遊説場所付近の周辺警備、交通整理等に従事する制服警察官を配置することを検討する必要があった。

エ 現場指揮官の位置付け

本部警備課長は、本件警護計画上は、身辺警護員の一人として位置付けられたのみであったが、本件警護の現場において、最上位の階級にある者として、本件警護の指揮に当たっていた。

しかし、現場指揮官としての任務や権限は、本件警護計画に明記されておらず、これらが明記されていれば、本部警備課長が身辺警護員若しくは署警護員の配置を調整・是正し、又は身辺警護員若しくは署警護員に対して本件遊説場所の南方向の警戒に当たるよう指揮することにつながった可能性があったと認められる。

【小括】

本件遊説場所で街頭演説をすることに伴って警護上想定される危険として、具体的には本件遊説場所の南側に警護上の危険があることは明らかであったが、本件警護計画の作成(起案・決裁)の過程では、この危険が見落とされ、本件警護計画には明らかな不備があった。このため、警護員等が適切に配置されず、制服警察官の配置についての検討もなされなかった。この点についても、本件警護の現場において、後方警戒の空白を生じさせることとなった要因であると認められる。

また、このような不備のある警護計画が作成されたのは、警察本部長までの決裁を経たにもかかわらず、本件警護計画の作成手続において、必要な検討や指摘がなかったことによるものであると認められる。

本件警護の検証においては、現場において後方警戒の空白を生じさせることとなった事象のみならず、警護に係る制度及び態勢の問題等を洗い出すこととし、この点は第3で検討する。

第3 警護に係る制度及び態勢の問題等

警護の問題点を洗い出すに当たっては、今後実施可能な措置であって、本件結果を防止することにつながる可能性があったと考えられるものも併せて検討し、以下の点についても、警護の見直しの課題であるとの評価に至った。

1 警察庁の関与

(1) 警護の基本の徹底と能力の向上についての関与

要人の警護は国の治安維持の根幹に関わる重要事項であることから、警察は遺漏なく警護を完遂するという重大な責務を有しており、警護の現場においては、現場指揮官による指揮の下、警護員が連携して警護上想定されるあらゆる危険に対処し、警護対象者の生命及び身体の安全を確保することが求められ、これを担う警護員には判断力、注意力、敏しょう性等の面で高い技能が求められる。

しかし、これまで、警護員に対する教養訓練は、受講する職員の職務、経験及び技能に応じて体系化されているものではなく、経験の浅い者にその内容を合わせざるを得ないなど、それぞれの職員に応じて能力向上を図ることが困難であった。

警察庁では、例年、警察大学校及び管区警察局において、それぞれ2週間程度及び10日間程度、警護に関する専科教養課程を設置し、身辺警護に従事する者を対象として、座学教養、事例検討、実技訓練等を実施している。また、各管区警察学校においては、毎年、5日間程度の警護に関する訓練(以下「管区訓練」という。)を実施している。さらに、奈良県警察では、毎年、5日間程度の専科教養(以下「県専科」という。)を実施している。加えて、奈良県警察を含む各道府県警察は、実務を通じた警護技能の習得のため、身辺警護に従事する者の一部を警視庁警備部警護課に1年間派遣し、警視庁警護指導者実務研修(以下「警視庁研修」という。)を受講させている。

この点、都道府県警察が警護に従事する者に対して、きめ細かい教養訓練の機会を提供することができるよう、警察庁が都道府県警察を指導するとともに、警察庁において、警護の現場全体を俯瞰ふかんし、警護の指揮を行う現場指揮官の育成、警護に関する高度な教養訓練等を行う必要があると認められる。

(2) 警護の高度化と警護計画作成への関与

ア 警護上想定される危険の考慮

警護を的確に実施するためには、必要な情報を収集分析した上で、警護上の危険度を評価することが必要となる。

しかし、現状、警護に関することを所掌する警察庁警備局警備運用部警備第一課警護室は、内閣総理大臣の国内外、特に海外における警護や、外国要人の来日に伴う警護、国際首脳会合等の大規模警護への対応が主たる業務となっている。警察庁においては、都道府県警察が実施する警護について、これまでその危険度を分析又は評価しておらず、奈良県警察を含む各都道府県警察に対して、警護上の危険度に係る情報等を伝達していなかった。

この点、警察庁においても、特定のテロ組織等に属しない個人が強い不満を抱き、銃器等を使用して警護対象者を襲撃しようとする事案をはじめ、それ以外にも従前の想定を超える様々な事案が発生し得ること等の警護上の危険度について評価し、当該評価について、都道府県警察に通報することが必要であった。

イ 警護計画作成への関与

警察庁は、これまで警護対象者を指定するにとどまり、国際首脳会合等の大規模警護の場合を除き、都道府県警察に警護を委ねていた。

警護要則第9条第5項の規定に基づく報告について、警察庁では、内閣総理大臣、国賓等に関して、警護計画の具体的な内容の報告を受けているものの、安倍元総理については、具体的な内容の報告を求めることとはされていなかった。このため、本件警護についても、警察庁は、奈良県警察から本件警護計画の具体的な内容の報告を受けておらず、これを踏まえた警護員の役割分担や任務付与、制服警察官の配置の要否等について審査し、警護の実施において留意すべき事項を指示するには至らなかった。

警護の現場においては、特定の方向のみを警戒するのではなく、様々な攻撃を想定して、警護対象者の全方位を警戒することが求められる。

この点、本件遊説場所の南側は県道に接していることから、本件遊説場所南側の県道上を車両又は徒歩で接近し、警護対象者に危害を加えようとする事案の発生を想定することができ、仮に、警察庁の審査が行われていれば、本件警護計画の修正が期待できた。こうした事情に鑑みれば、警察庁には、奈良県警察をはじめとする都道府県警察に対して具体的な警護計画の提出を求め、同計画を事前に審査し、警護上の危険度を判断するための仕組みが必要であると認められる。

ウ 情報の収集・分析

奈良県警察本部及び奈良西警察署は、今回、警護上の危険について、本件事案のような、強固な殺意を有する者が、銃器等を使用して襲撃する事案を具体的に考慮しておらず、警戒の対象を聴衆の飛び出し等のより危険度が低い事案に向けていた。

被疑者は、本件警護に先立ち、ソーシャル・ネットワーキング・サービス上で特定の宗教団体を批判する投稿を繰り返していたとされるが、これまで、安倍元総理に危害を加えることを具体的に示唆するなどの投稿があったことは確認されておらず、奈良県警察においても、本件警護に関する個別具体的な脅威情報を把握していたものではない。

しかし、近年は、我が国においてもインターネットを通じて、銃器等の設計図、製造方法等を容易に入手できるなど、治安上の脅威に深刻な変化が生じている。また、特定のテロ組織等との関わりがなくても、社会に対する不満を抱く個人が、インターネット上における様々な言説等に触発され、違法行為を敢行する事例も見受けられるところである。

警察としては、特定のテロ組織等と関わりのない個人が警護対象者に対する違法行為を敢行する可能性も見据え、各種情報収集に努めるとともに、警護対象者に関連する情勢等を収集・分析することにより、警護に活用する必要がある。また、インターネットを通じて、特定のテロ組織等と関わりのない個人が過激化し得ることや、銃器等の設計図、製造方法等に関する情報を容易に入手できる現代社会の特性を踏まえ、インターネット上の違法情報・有害情報対策、爆発物原料の調達への対策等を強化する必要があると認められる。

2 警護体制等の充実

(1) 現場における警護の強化

警護の強化のためには、警察庁の関与の強化にとどまらず、都道府県警察の現場における態勢を強化することも必要である。

(2) 特定の職員の能力のみに依存しない警護態勢の構築

警護の実施に当たっては、個々の身辺警護員等が教養訓練を通じ、警護に関する高度な能力を有していることが前提となる一方、その態勢を構築するに当たっては、特定の職員の能力のみに依存することなく、指揮官を含む警護に携わる者の能力の底上げや警護への組織的対応の拡充を通じ、組織的・重層的対応を行う必要がある。

この点、警察庁としては、都道府県警察が警護に従事する者に対して、きめ細かい教養訓練の機会を提供することができるよう、警察庁が都道府県警察を指導するとともに、警護の現場全体を俯瞰ふかんする現場指揮官の育成等を行う必要があると認められる。

組織的対応については、例えば、多数の聴衆が集まることが想定され、街頭演説場所の周辺の道路の交通に支障が生じるおそれが認められる場合には、警護対象者及びその関係者と緊密な連携を保ち、その意向を考慮しながら、周辺警備、交通整理等の対策を講じる必要があるかどうかを検討する必要がある。

この点、警察としては、警護の開始に先立ち、多数の聴衆が集まることを想定した上で、周辺警備、交通整理等に従事する制服警察官の配置を検討するとともに、警護の現場を管轄する警察署の幹部職員は、警護の現場に赴くなどして、周辺警備、交通整理等に従事するための体制が十分に確保されているかどうかを判断し、柔軟に体制が拡充されるように配意する必要がある。その上で、街頭演説場所周辺に配置された制服警察官は、交通法規に違反する者に対する指導等を行うなどして、みだりに警護対象者に接近しようとする行為を阻止する必要がある。

(3) 装備資機材の活用

本件警護において、身辺警護員等は無線機を携行していたが、身辺警護員等各員の間のみならず、警護連絡室と身辺警護員等の間においても、安倍元総理の本件遊説場所への到着時間、各演説者の演説開始時間等を中心とする情報共有が行われるにとどまり、身辺警護員の配置場所及び主たる警戒方向の変更について無線通信による情報共有がなされることはなかった。

また、本件遊説場所付近において、警護連絡室に対して現場の状況をリアルタイムで共有する映像伝送装置等が運用されておらず、警護連絡室は現場の具体的状況を把握することができなかった。

さらに、本件遊説場所の周囲には、防弾用の資機材は設置されず、安倍元総理の後方を防護するための資機材の設置その他の措置も講じられていなかった。

警察としては、インターネットを通じるなどして銃器等の製造方法等を容易に入手できる我が国の現状を踏まえた警護措置を執ることができるよう関連の装備を充実させる必要がある。また、警護の現場の状況を警護員や都道府県警察の幹部職員が的確に把握することができるよう資機材の運用についても改善する必要がある。

3 警護に関する理解と協力の確保

本件警護では、自民党奈良県連の関係者との連絡調整において、本件遊説場所で街頭演説をすることに伴って警護上想定される危険について具体的に考慮されることはなかった。

街頭演説の予定については、選挙の情勢に応じて直前に決定されることも多いが、警護の現場及びその計画上、警戒の間隙が生じないようにするためには、警察として、制服警察官の配置、交通規制等の要否についても検討した上で、警護対象者及びその関係者と緊密な連絡を保ち、その意向を考慮するとともに、身辺警護員等を直近に配置する必要が生じ得ること、警護対象者の後方を防護するための資機材を設置する必要があること等について、説明を尽くし、警護対象者及びその関係者の理解と協力を得る必要がある。

第4 警護の見直しのための具体的措置

第2及び第3の内容を踏まえ、今後の警護において、本件警護と同様の事態を二度と生じさせないようにし、併せて警護の高度化を図るため、警護要則の抜本的見直しを含めた以下の措置を講じることが必要である。

1 警護要則の抜本的見直し

(1) 警察庁の関与の強化

警護に関し必要となる基本的事項は、警護要則に定められている。

警護要則では、警察庁は警護対象者の指定を行うのみで、警護の実施はもとより、警護計画の作成やその前提となる危険度の評価を行うための情報収集等を全て都道府県警察に委ねることとしている。しかし、今般の検証により、警護計画やその前提となる危険度評価に不備があること、現場指揮官の指揮が十分でなかったこと等が明らかとなり、専ら都道府県警察の責任で警護を実施する現在の仕組みに限界が生じていることから、警護要則を抜本的に見直して以下の仕組みを導入し、警察庁の関与を強化することとする。

ア 情報の収集及び分析等

警察庁が、警護を的確に実施するために必要な情報の収集、分析及び整理を行い、その結果を都道府県警察に通報する仕組みを導入する。

危険度の評価は、一地方の治安情勢だけでなく、国内外の諸情勢の収集及び分析の上で行うべきものである。特に、現在、インターネットを通じて、誰もが銃器や爆発物の製造に関する情報を容易に入手でき、また、3Dプリンタを用いて銃器様の物を作成できるなど、新たな技術が警護対象者への違法行為に悪用され得るほか、特定のテロ組織等と関わりのない個人がインターネット上の情報に影響されて違法行為を敢行する事例も発生するなど、新たな脅威が生じている中で、こうした脅威については、各都道府県警察による管内の治安情勢の収集及び分析だけでは十分に把握することができない。このため、国内外のテロリズム等警護において想定すべき事態その他の警護を的確に実施するために必要な情報について、警察庁は、国家的又は全国的な見地から収集し、当該情報並びに都道府県警察における情報の収集及び分析の結果について報告を受けた内容の分析及び整理を行い、各局面における警護の重要性も含めて警護上の危険度を評価し、当該評価について都道府県警察に通報することとする。

イ 警護計画の基準

警察庁が、都道府県警察において警護計画を作成する場合の基準を定める仕組みを導入する。

警護計画の作成に当たっては、その前提となる危険度の評価を踏まえ、これに対応できるものとする必要があることから、警察庁による危険度の評価や警護に関する知識・経験の蓄積を、都道府県警察が作成する警護計画に反映させる必要がある。このため、警察庁は、屋内又は屋外その他の警護を実施する場所の種別、講演、視察、会合その他の警護を実施する場所における警護対象者の行動の態様、警護を実施する場所における不特定多数の者の有無その他の警護の態勢を決定するために重要な事項について、警護計画の基準を定めることとし、都道府県警察が作成する警護計画は、当該基準に適合するものでなければならないこととする。

警護計画の基準については、上記のとおり、警護の態勢を決定するための重要な事項について、例えば、①街頭演説等の屋外警護、②不特定多数の者が集まる講演会等の屋内警護といった状況に応じて、警護対象者への接近防止措置、警護対象者及びその関係者との連携、身辺警護に従事する警護員、不審者の発見、警戒等に従事する警護員、周辺警備・交通整理に従事する警護員等の配置等に係る基準を定めることとする。

また、都道府県警察は、警護計画の作成及び警護の実施に当たっては、警護上の危険度に応じて、警護対象者の日程に関係する場所の実地踏査を行うとともに、警護本部を設置するものとする。加えて、都道府県警察は、現場指揮官を指名するとともに、警護の現場における指揮に必要な権限を当該現場指揮官に付与しなければならないこととする。

ウ 警護計画案の報告等

警察庁が、都道府県警察から警護計画案の報告を受け、必要に応じて修正等の指示を行う仕組みを導入する。

警護計画がイの警護計画の基準に適合することを担保するため、警護上の危険度に応じて、都道府県警察は、警護計画の案を警察庁に報告するものとする。警察庁は、当該報告を受けた場合には、当該計画案を事前に審査した上で、必要に応じてその修正を指示し、又は警護の実施において留意すべき事項を指示することとする。これらの指示を徹底するために必要な場合には、警察庁職員を警護の現場に派遣することとする。

エ 警護の実施に関する報告等

警察庁は、警護の実施に際し、今後の警護において留意すべき事項について、都道府県警察から報告を受ける仕組みを導入する。

警護の実施が安易な前例踏襲に陥ることのないよう、都道府県警察は、警護を実施したときは、当該警護の状況を確認した上で、今後の警護において留意すべき事項その他参考事項を、警察庁に報告しなければならないこととする。その際、警護の実施後に確認すべき事項をチェックリスト等により分かりやすく例示し、都道府県警察に今後の警護において留意すべき事項等を抽出させて、警察庁への報告が確実になされるようにすることとする。

警察庁において、当該報告も踏まえ、以後の警護に係る都道府県警察に対する指導等を行うこととし、都道府県警察においても当該留意すべき事項等について、以後の警護計画の作成、警護の実施等に反映させることとする。

オ 教養訓練

警察庁が、警護の指揮を行う幹部及び警護員の教養訓練に係る体系的な計画を作成するとともに、警護対象者への攻撃その他の突発事案が発生した場合における措置に関する訓練その他の高度な訓練を行うものとする。

現在、警察庁及び都道府県警察において実施されている警護に関する教養訓練は、受講する職員の職務、経験及び技能に応じて体系化されているものではなく、それぞれの職員に応じて能力向上を図ることが困難であることから、警護の指揮を行う幹部及び警護員の育成のため、警察庁が、これらの教養訓練に係る体系的な計画を作成し、個々の職員がその職務、経験及び技能に応じた実践的教養訓練を受けることができるようにする。また、警察庁が、警護の指揮を行う幹部に対する教養訓練や、警護対象者への攻撃その他の突発事案が発生した場合における措置(銃声等の識別及び瞬時の回避措置を含む。)に関する訓練等の高度な教養訓練を行うとともに、都道府県警察にも上記の計画に基づく教養訓練を行わせることとし、受講者数も拡充することとする。

また、警察庁は、教養訓練が円滑かつ効果的に行われるよう、所要の調整を行うこととする。例えば、現在、各道府県警察の警護の中核となる警護員に警視庁研修を受講させ、警護に従事させているところ、この派遣者数の大幅な拡充を図る。

さらに、上記の教養訓練の体系化等に合わせ、以下の措置を講ずることとする。

○ 警察本部の警護担当課において警護に専従する警察官(警護専従員)について、

・ 警視庁研修又は上記の計画に基づく警護専従員用の教養訓練の受講者を登用すること。

・ 各階級において受講すべき教養訓練を指定すること。

等の基準を作成し、教養訓練の受講経験とキャリアステップを関連付け、都道府県警察の警護に係る能力の底上げを図ること。

○ 外国の警護当局との共同訓練を定期的に実施することにより、海外における効果的な手法の導入を図ること。

カ 装備資機材

警察庁が、警護の高度化に資する装備資機材に関する情報の収集を行うとともに、その開発及び導入に努めるものとする。

警護において、先端技術を活用した資機材や銃器に対処するための資機材等を活用し、マンパワーの補完を図るため、警察庁が、警護の高度化に資する装備資機材に関する情報収集を行うとともに、その開発や導入に努めることとする。具体的な資機材の例は、以下のとおりである。

○ 警護計画案の審査に資するため、警護の現場の状況を3D画像等で確認することを可能とする資機材

○ 警護対象者への接近や攻撃を企図する者を効果的に把握するため、ドローン等の高所から警護の現場の状況を確認することを可能とする資機材

○ AI技術を活用し、銃器を取り出す行為等の異常な行動や不審者を警護の現場で検知することを可能とする資機材

○ 警護対象者の背面を守る防弾壁、演台の上に設置する透明な防弾衝立、対象者を避難させるための防弾シェルター等の銃器対策強化のための資機材

(2) 警護対象者等との連携の強化

警護における警護対象者の生命及び身体の安全の確保は、警察のみで達成できるものではなく、警護対象者及びその関係者の理解と協力を得た上で警護を実施することが不可欠である。したがって、警護計画の作成及び警護の実施に当たっては、警護対象者及びその関係者との緊密な連携を保ち、警護に関し必要な事項を適切に説明し、その理解と協力を得て、これを行うようにしなければならないこととする。

警護対象者及びその関係者との連携を強化するに当たり、都道府県警察において、警護を実施する場所において想定される危険、警護対象者直近への身辺警護に従事する警護員の配置及び装備資機材の設置等について説明を尽くし、警護対象者及びその関係者の理解を得ることとする。また、警察庁においても、行事開催場所の選定、自主警備措置の在り方等、都道府県警察が警護に係る行事の主催者等と調整すべき事項を明らかにした上で、当該調整を促進するため、国レベルでも関係者に対し、こうした事項全般について、働き掛けを行うこととする。

2 体制等の強化

(1) 警察庁

警護について、警察庁では、警備局警備運用部警備第一課警護室が担当しているところ、現在の同室の体制では、上記の措置を講じ、警察庁の関与を強化することが困難である。

このため、警備局警備運用部に、新たな所属を設置するととともに、警視庁出身者等、警護のエキスパートを登用し、警護を担当する体制を大幅に拡充することとする。

(2) 都道府県警察

警護の強化のためには、警察庁の関与の強化にとどまらず、都道府県警察の現場における態勢を強化することも必要である。

まず、警視庁において、全ての警護対象者について、身辺警護に従事する警護員を大幅に増強し、警護の現場において配置される警護員の強化を図る。

また、警視庁において、

○ 警護のエキスパートの警察庁への出向又は派遣

○ 道府県警察からの派遣者の受入れの拡充

等を行う必要があるところ、現在の体制では対応が困難であることから、警視庁警備部警護課の体制の大幅な強化を図る。

加えて、各都道府県警察において、警護の実施に当たり、警察庁及び当該都道府県警察における情報の収集及び分析等の結果を踏まえ、警護対象者に対する危害を想定し、警護対象者の生命及び身体の安全を確保するために必要な態勢を確保することとする。

3 警護の強化に向けた更なる取組

(1) インターネット上の違法・有害情報対策及び爆発物原料対策

警察庁は、インターネットを通じて、誰もが銃器や爆発物の製造に関する情報を容易に入手できる状況を踏まえ、サイト管理者等に対する削除依頼をはじめとするインターネット上における違法情報・有害情報対策や、爆発物原料を容易に入手できないようにするための対策について、関係省庁・関係機関との連携を図りつつ、推進することとする。

(2) 外国の警護当局への調査

今般の見直しに当たり、外国(アメリカ、イギリス、ドイツ及びフランス)の警護当局に対して調査を行い、警護に係る情報収集・分析、警護計画作成における留意事項、警護員の配置・体制、警護現場のリスクに係る評価・対策、突発事案が発生した場合の対処要領、警護実施後の見直し、教養訓練、装備資機材、警護に係る環境の整備等に関する知見を得た。今後も、外国の警護当局へ定期的に調査を行い、警護の高度化に努めることとする。

また、今般の調査結果は有用なものであり、今般の見直しに当たり参考としたところ、その内容は、警護の手法等にかかわるものであることから、外国の警護当局との関係上、本報告書への直接の記載は差し控えざるを得ない。

第5 今後に向けて

警護の見直しのための具体的措置は第4のとおりであるが、これに加え、今後の警護について、特に以下の事項に留意することが必要である。

1 警護の不断の見直し

今般、第4に記載された措置を講ずることにより警護の高度化を図ることとしているが、今後、警護対象者への違法行為に悪用され得る技術の進展や、武器製造方法等をはじめとした警護対象者への違法行為に悪用され得る情報が更に容易に入手できるようになること等により、警護をめぐる情勢がより厳しいものとなる可能性が考えられる。このような情勢の変化に的確に対応し、警護対象者の生命及び身体の安全を確保するため、警察庁は、最新の知見を取り入れつつ、警護について不断に見直しを行う。

2 警護対象者等との更なる連携

現在、インターネットが普及し、誰もが警護対象者の日程を容易に入手できる環境となっている中で、警護対象者の生命及び身体の安全を確保するためには、今後、警護対象者及びその関係者との連携を一段と強化していくことが求められる。特に、警護現場においてはあらゆる場面で警護対象者に危害が発生し得ることや、警護対象者への攻撃その他の突発事案が発生した際には、警護対象者自身が危害を回避するための行動をとることが有効であることについて、警護対象者及びその関係者の理解及び協力を得ることが重要である。

このことを踏まえ、警察庁は、警護対象者への攻撃その他の突発事案が発生した場合の対応等をはじめ、警護対象者及びその関係者との更なる連携を図る。

3 警護についての国民の理解と協力を得るための努力

警護の万全を期すに当たっては、警護の現場で警護員が執る様々な措置について、国民の理解と協力を得ることが不可欠であることから、今後、更に積極的かつ適切に情報発信を行うよう努める。

4 警護についての国家公安委員会への報告

今般、警護要則の抜本的見直し等により、各種の具体的措置を執ることとしているところ、警察庁において、これらの措置が確実に実施されているかを常に点検し、その状況について定期的に国家公安委員会に報告する。

【凡例】

身辺警護員A・・・本部警備課に所属する警部補。

1発目の発砲時、本件遊説場所において本件警護に従事していた。

身辺警護員Aは、平成22年に横浜で開催されたAPEC首脳会議、平成28年に開催されたG7伊勢志摩サミット、令和元年の天皇陛下の御即位に伴う儀式等及び同年に開催されたG20大阪サミットについて、関係都府県警察に派遣されて警護に従事していた。このほか、令和4年中、本件警護の前日までの間、約20回の警護に身辺警護員として従事しており、うち6回が令和4年参院選の公示日以降のものであった。身辺警護員Aは、平成21年以降、管区警察局に設置された専科教養課程を1回、管区訓練を4回及び県専科を5回受講していたほか、平成21年から同22年にかけて警視庁研修を受講していた。

身辺警護員B・・・本部警備課に所属する警部。

1発目の発砲時、本件遊説場所において本件警護に従事していた。

身辺警護員Bは、APEC首脳会議及びG7伊勢志摩サミットについて、関係県警察に派遣されて警護に従事していた。このほか、令和4年中、本件警護の前日までの間、約20回の警護に身辺警護員として従事しており、うち6回が令和4年参院選の公示日以降のものであった。身辺警護員Bは、平成19年以降、管区訓練を1回及び県専科を3回受講していた。

身辺警護員C・・・本部警備課に所属する巡査部長。

当初、本件遊説場所南側の県道のゼブラゾーン上(ガードレールの外側)で本件警護に従事していたが、1発目の発砲時までにガードレールの内側に移動していた。

身辺警護員Cは、業務上、災害対策を主に担当しているが、これまでも身辺警護に従事しており、G20大阪サミットについて、大阪府警察に派遣されて警護に従事していた。このほか、令和4年中、本件警護の前日までの間、6回の警護に身辺警護員として従事しており、うち3回が令和4年参院選の公示日以降のものであった。身辺警護員Cは、平成23年以降、管区訓練を2回及び県専科を2回受講していた。

身辺警護員D・・・本部警備課に所属する警部補。

本件警護には従事していない。

身辺警護員E・・・本部警備課に所属する巡査部長。

大和西大寺駅北口における安倍元総理の街頭演説時、本件遊説場所外の周辺場所で本件警護に従事していた。

本部警備課長・・・警視。

本部警備課長は、令和4年中、本件警護の前日までの間、2回の警護に従事しており、全てが令和4年参院選の公示日以降のものであった。本部警備課長は、平成9年、県専科を1回受講していた。

警視庁警護員X・・・警備部警護課に所属する警部補。

1発目の発砲時、本件遊説場所において本件警護に従事していた。

警視庁警護員Xは、これまで警護に関する教養訓練を受講したことはなかったが、これまで、平成24年12月から同27年10月まで及び平成27年10月から同28年3月まで、それぞれ他の警護対象者の身辺警護に従事していたほか、令和元年10月から同2年9月まで安倍内閣総理大臣の警護に従事していた。令和2年9月から安倍元総理の身辺警護を担当し、令和4年中、本件警護の前日まで、約140日間、安倍元総理の身辺警護に従事していた。

警視庁警護員Y・・・警備部警護課に所属する巡査部長。

6月28日警護に従事していたが、本件警護には従事していない。

警視庁警護員Z・・・警備部警護課に所属する巡査部長。

6月25日警護に従事していたが、本件警護には従事していない。

【記載上の制約】

安倍元総理に対する銃撃事件については、令和4年8月25日時点において捜査継続中のため、検証に当たって参照した写真、映像等には、本報告書において公にできないものが含まれる。本文中の図及び別添図については、当時の現場周辺の状況を明らかにするための参考資料であり、実際の縮尺や位置関係とは異なる可能性がある。

また、警護の具体的内容には、公にすれば、将来の警護において対抗手段を講じられるおそれがあり、本報告書において公にできないものが含まれる。

別表

本件警護の現場において生じた主な事象の時系列

時刻

主な事象

11:17:43

安倍元総理の車列が、本件遊説場所付近の車道に到着

11:18:14

安倍元総理と身辺警護員等が、本件遊説場所に到着

11:28:42

安倍元総理が演台に登壇

11:30:00

被疑者が、バス停付近の歩道上を南に移動開始

11:30:43

自転車男性が、県道を東進し、ゼブラゾーンに到達

11:30:51

自転車男性が、ゼブラゾーン上に一時停車(その後、再び低速で東進)

11:30:52

台車男性が、県道を東進し、ゼブラゾーンに到達

11:30:56

被疑者が、歩道からバス・タクシーロータリー内に進入

11:31:00

被疑者が、右手をショルダーバッグの中に入れつつ北西に移動

11:31:02

被疑者が、同姿勢のまま北進し、県道を横断開始

11:31:03

被疑者が、右手で銃器様の物を取り出しつつ、県道を更に北進

11:31:03

台車男性が、県道を東進し、ゼブラゾーンを通過

11:31:05

自転車男性が、県道を東進し、ゼブラゾーンを通過

11:31:06

被疑者が、県道の中央を越えて、1発目を発砲

11:31:08

被疑者が、更に県道を北進し、2発目を発砲

別添図1

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別添図2

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別添図3

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別添図4

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別添図5

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別添図6

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別添図7

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別添図8

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別添図9

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元内閣総理大臣に対する銃撃事件を踏まえた警護の強化について(通達)

令和4年9月8日 達(備)第397号

(令和4年9月8日施行)

体系情報
警備部
沿革情報
令和4年9月8日 達(備)第397号