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大笹生旧所・名跡ozasou


十六沼 大笹生俎板山341 

福島市北西部の大笹生地内に十六沼がある。この沼の周辺は、桜の木で覆われていて、桜の名所ともなっている。また、同公園の付近には大規模な運動施設として十六沼公園スポーツ広場がある

特に、平成7年の「ふくしま国体」ではソフトボール競技の会場となった。現在、ソフトボール、バレーボール、バスケット、バドミントン、テニス等の施設が整備されている。

『大笹生のあゆみ』(平成6年6月、大笹生地区町内会発行)には、十六沼のいわれについて、次の記述がある「伝説に昔此辺に一女子あり美人なり一男子と契れり、深く語らい互に其の情を尽せり、さて変り易きは男の心なりとかや、此の男他女に通いて一筋思いふかく、初の女は疎々しかりければ其の女子これを妬む男子其禍の己が身に及ばむ事を恐れ他女と出て奔る。一女子是を恨み或は憤り或い悲しみ終に身を池中に投て悶死する云々、時に女子一六歳なり、故に後世其池の名を十六沼と負せしなり」

 
ふくしまスカイパーク 大笹生芋畑169 

平成10年4月、国の補助を得て農産物を空輸するための離着陸場として開場した。開場当時は、福島県北部の市町や農協などが農産物空輸促進協議会を結成し、特産の桃梨、きゅうりなどを軽飛行機で首都圏に空輸していた。しかし、コスト高などから利用が減少し、平成18年には農産物空輸促進協議会が解散、その後は、主にスカイスポーツのための飛行場として利用されている。

 
塩竃(しおがま)神社(大釜と大瓶) 大笹生羽根山34 

陸前塩竈町の塩竃神社の分神ともいわれ、また、ここが本社であったともいわれている。この大笹生の塩竃神社は、昔から多くの人々に信仰されてきた神社である。街道筋に建てられている社は、小高い山の頂上に祀(まつ)られていて道路からも見える。

その麓の石の鳥居、しめ縄も大きなものであるが、それよりもまず度肝を抜かれるものは、鳥居の両傍らに奉納されている大釜と大瓶である。

大釜は、陸前の塩竃神社にある塩を焼いたという釜よりも一回り大きく、高さ1・8メートル、直径1・5メートルあり、一炊に1500人分飯を炊いたという大きな釜で、この中に7俵半の米を入れるという代物である。この釜で上杉謙信が、家来達の炊き出しを作らせたといわれている。

記録によれば、上杉謙信は、永禄11年(1569)、川中島の戦い以後、山国の武田方に対し、攻防作戦の一つとして「塩攻め策」を打ち出した。そのため、甲斐の国の人々は塩が無く非常に苦しんだといわれている。このことを知った謙信は、武士の勝負は戦場で決するもので、領民を苦しめることは武士道ではないとして、敵の庶民に塩を送ったのである。このとき塩を入れたのが18石入りの大瓶であるといわれている。

これらの奉納者は、福島市の佐藤仲吉である。この大釜と大瓶がここに奉納されたのは、この街道が、旧米沢街道であり、後に「万世大路」と名付けられた道であることから、縁ある塩竃神社に寄進されたといわれている。

 
東禅寺のアカマツ 大笹生上ノ寺9 
福島市指定天然記念物  
紫神社跡 大笹生中寺 

現地標柱より転載

信夫の庄司佐藤元治(基治)の土産神にて昔は大社なる由、北極紫徴垣帝座を祀ると伝えられる。                      
                           大笹生笹谷文化財保存会
 
大笹生城跡  大笹生上ノ町 
現地標柱より転載

古き舘跡なりて築城年代不詳。瀬上氏系図により六代瀬上康俊是れを拠有し七代康家との戦いに破れる。文明元年(1469年)3月9日明応7年(1498)前後八代康秀が後摺沢に移す。
                           大笹生笹谷文化財保存会

 
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